
Vol.22
古くからの温泉地として知られる湯河原は、神奈川と静岡の県境に位置し、東京から車で2時間以内とアクセスの良さが魅力。その中心街から少し離れた、奥湯河原の緑豊かな渓谷沿いに「NOT A HOTEL YUGAWARA YUAMI」が誕生する。SETOUCHIやISHIGAKIと同クラスの新たなフラッグシップとなる建築であり、コンセプトは「最上級の湯浴み体験」。7つの風呂を備え、自然の恵みに浸りながら、心身ともにリフレッシュすることができる場所だ。設計監理を手掛けるのは、自社の建築チームであるNOT A HOTEL ARCHITECTS。プロジェクトマネージャーの植地剛氏と建築デザイナーの志甫景氏に、この場所ならではの魅力と設計の背景を聞いた。

「湯の河原」という名にも表れるように、湯河原は湯とともに人々の暮らしが育まれてきた歴史ある温泉地だ。プロジェクトマネージャーの植地剛氏は、計画地が位置する奥湯河原について次のように話す。 「今回の敷地のすぐ横を流れている『藤木川』は地名の由来になった川だと言われていて、かつてはこの川沿いで温泉が湧き出していたそうです。奥湯河原は、熱海のような賑やかな温泉街とはまた違い、ゆったりとした趣のあるエリア。都会の喧騒を離れて、ピュアな自然に没頭できる環境だと感じています」(植地氏)


古くは万葉集に詠われ、明治時代には小林秀雄、林芙美子など、多くの文豪に愛された温泉地には、落ち着いた情緒が漂う。春には新緑、夏には清流、秋には紅葉、冬には雪景色と、四季折々の自然を愛でられるのもこの土地の魅力のひとつだ。そうした環境を存分に活かすために、建築は過剰なことはせず、自然をダイレクトに感じられる設えとした。設計を担当した志甫景氏は次のように続ける。 「敷地周辺は、映画『もののけ姫』の舞台のような深い森に包まれた静かな場所です。せせらぎの音やしっとり苔むした石の表情なども心地良く、心からリラックスできます。そうした奥湯河原の自然を呼吸しながら、この地で続いてきた“お湯に浸かる”というシンプルな行為を、できるだけ純度の高い体験として味わっていただくこと。それが建築の役割だと考えました」(志甫氏)

YUAMIには、露天風呂、岩風呂(内風呂)、野天風呂と、過ごし方や気分に合わせて選べる、趣の異なる3つの温泉が点在する。 「1階リビングに面したテラスの露天風呂は、川を見渡す開放感あふれるつくり。インフィニティプールとも連続し、家族や友人と寛ぎ、語らいながら、自由に出入りできるよう計画しています。また、テラスの脇にはサウナと水風呂もあり、それらとの行き来がしやすいリビング横の場所に内風呂を配置しました。4mの天井高さがもたらす開放感を活かしつつ照明の明るさを抑えることで、洞窟のような雰囲気に仕上げた空間です。中庭からの自然光がガラスブロック越しにぼんやりと差し込む中で浸かる岩風呂の温泉は、静かで内省的な時間へと誘うでしょう」(志甫氏)


風情ある庭の先、飛石を伝ってアプローチする風呂小屋は、かつての川沿いの露天風呂を思わせる野趣あふれる佇まいだ。その他、各ベッドルームにもバスルームを設け、全部で7つの風呂があるプランとなっている。 「オーナーだから見られる特別な景色をつくりたいという思いで、3つの温泉は計画しました。特に、一棟で敷地全体を贅沢に使えるからこそ、庭をめぐりながら、奥の野天風呂へ向かうという、移動も含めた体験が成り立ちます。周囲からほど良く隔てられている場所にあるため、外からの視線も気にすることなく、建物の内外を往来しながら多様な湯浴みを楽しんでいただきたいですね」(植地氏)


YUAMIが建つのは、三段に連なる川沿いの傾斜地。周囲の景観に溶け込みながらも存在感を放つ、シンボリックな三段の大屋根はこの地形に呼応したものだ。 「大きな3枚の屋根を折り重ねるように架けることで階段状の敷地を一体的に内包し、もともとのレベル差を活かしながら、空間が連続していく構成にしています」と志甫氏。地下1階にジム、ゲストベッドルーム、プレイルーム、1階にLDKやプール、サウナ、ゲストベッドルームなどを配置し、庭に張り出すように離れのようなプライマリーベッドルームを設けている。 「リビングからプライマリーベッドルーム、そこからさらに庭へと移動するにつれ、視点が少しずつ変わる。そうした、同じ自然でも部屋ごとに印象が異なるような、見え方や距離感の変化を体験として楽しんでもらいたいと考えました。プライマリーベッドルームは、コーナーをガラス張りとし、まるで森に浮かぶような浮遊感と自然に溶け込むような没入感を味わえるようにしています。一方、川の眺望が確保できない地下のプレイルームは、壁面上部の窓からプールの中が川のように見える設計としました。窓に向かって迫り上がるようにRをつけた天井が光を拡散し、室内を川底にいるかのような淡い光で包み込みます」(志甫氏)


川とは反対側の擁壁に囲まれた道路側には、侘び寂びを感じさせる中庭を計画。開放的な川側と対照的な、庭に面した穏やかで静かな場所に、各階ゲストベッドルームを配置する。野生的な自然風景と、閑寂な中庭。俯瞰する視点と、自然の中に入り込む視点。その両方を行き来することで、ここでの空間体験は立体的なものとなっていく。

建物の中心となるリビング&ダイニングの最大の特徴は、約17mという圧倒的なワイドスパンによる渓谷のパノラマビュー。絵巻物をモチーフとした柱のない横長の開口部には、四季折々のストーリーが印象的に切り取られる。

「敷地が持つ文化的な奥ゆかしさをどう空間に取り込むかを考えたとき、絵巻物というイメージが浮かびました。水平方向に物語が展開する感覚が、時間や季節ごとにさまざまな表情を見せるこの場所の自然と重なったんです。リビングから外を眺めると、対岸の自然がプールの水面に映り、ダイナミックに拡張された風景が自然と建築の境界をぼかしていきます」(志甫氏) さらに、窓上部の垂れ壁に用いられたガラスブロックは光にゆらぎを与え、水面に生まれる水紋とも呼応して、幻想的な光景を生み出す。心地良いゆらぎをぼんやり眺めていると、心身がほぐれていくような瞑想的な気分に浸れるだろう。 「リビング&ダイニングは天井高が4mあるので、雪見障子のようにガラスブロックを設けることで、室内にやわらかな明るさをつくりたかったんです。特にガラスブロックがもたらす光の表情は水のゆらぎと近く、川辺や温泉という環境との親和性も高いと考えました」(志甫氏)


光の扱いと同様に、素材選びにおいても、触覚や身体感覚が重視されている。 「湯河原は石が多く採れる土地でもあります。その環境に着想を得て、足元から大地を感じられるよう、採石地は異なりますが、リビング&ダイニングなどの主要な部屋の床は石貼り仕上げとしています。ベッドルームの床も、触れたときの感覚を大切にしたく、木になぐり加工を施す予定です。凹凸のある表面は光を受けて繊細な陰影を生み出し、空間に深みとリズムをもたらします。また、外壁は杉板型枠コンクリート仕上げとして、周囲に馴染みながらも大屋根に負けない力強さを表現したいと考えています」(志甫氏)


都市近郊でありながら、温泉、川、森、光といった自然の要素が、細やかに、より美しく現れるように設えられた「NOT A HOTEL YUGAWARA YUAMI」。ここでの体験は、湯に浸かるという行為そのものが、自然と向き合い、自分自身に立ち返るための時間として再定義されている。 「温泉に入って体を清めるということは、俗世間から少し離れて、自然と向き合うこととも言えます。普段、都市で忙しくしている人が、素の自分になって、裸になって、自然に直に触れる。それは、ある種の原体験として、ずっとこの地で続けられてきたことです。心身を整え、リフレッシュして、また日常に戻っていく。そうした体験ができる場所として、過ごしていただけたらと思っています」(植地氏)

奥湯河原の深い緑、そして清らかな水と建築が織りなす体験。それらが重なり合う「NOT A HOTEL YUGAWARA YUAMI」は、自然に身を委ね、湯に浸かり、静けさの中で感覚を取り戻す、リトリートのための場所となるだろう。

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NOT A HOTEL ARCHITECTS
NOT A HOTEL ARCHITECTSは、建築を中心に、暮らしのあり方そのものを再構築するデザインユニット。 土地の歴史や文化に敬意を払いながら、新たなものづくりや、常識を超えた体験を創出する。
NOT A HOTEL OFFICE
NOT A HOTEL KITAKARUIZAWA IRORI
NOT A HOTEL MIURA(進行中)
NOT A HOTEL KITAKARUIZAWA IRORI2.0(進行中)
Text: Chisa Sato
Photo: Kanta Nakamura(NewColor inc.)