Vol.17
「NOT A HOTEL MIURA」には、宿泊者専用のレストランとバーを併設する。滞在に寄り添う、新鮮な地元食材を活かした料理と、プールサイドに開かれた開放的な設え。そんな2つの空間のインテリアデザインは、日本を代表する空間デザイナー・小坂竜氏率いるA.N.D.が手掛けた。
小坂氏は、これまで多くの世界的なラグジュアリーホテルやレストランなどをデザインし、小坂竜というクリエイターとしてのブランドを確立。パーマネントでありつつ革新性を持った魅力的な空間を生み出してきた。イギリスの国際的なデザインアワード「Restaurant & Bar Design Awards」では日本人で初めて大賞を受賞するなど、数々の華々しい受賞歴を持ち、そのデザインは、日本的なバックボーンとグローバルなセンスが融合した唯一無二の存在感を放っている。2023年に完成した「NOT A HOTEL FUKUOKA」のインテリアも小坂氏がデザインした。
「NOT A HOTEL MIURA」が位置するのは、神奈川・三浦の海岸から少し登った、見晴らしの良い高台。小坂氏は、ロケーションが持つ雄大で美しい自然の魅力に加え、NOT A HOTELだからこそ生み出せるホスピタリティとワクワク感を表現したと語る。 「都心からアクセスが良く、緑や海といった自然も身近に感じるポテンシャルの高い立地において、飲食空間にもその環境を取り込みつつ、NOT A HOTELとしてのオリジナリティある体験を提供したいと考えました。NOT A HOTEL ARCHITECTSが設計した低層の建築は、環境に溶け込むような外観が特徴です。来訪者はきっと自然と建築内に引き込まれ、その先にあるプールや美しい景観を真っ先に目の当たりにする。そして、振り返った時に初めて、建築のデザインやテクスチャー、充実したファシリティに気づくような体験をするでしょう。それは日常からどこか遠い国のヴィラへとワープするような、不思議な感覚かもしれません」
小坂氏がデザインしたレストランやバーは、この特別な空間に滞在者を惹き込む“上質な舞台”とも言える場となっている。エントランスから通路、レストラン、ビーチバー、そしてビーチプールへとシームレスにつながっていく空間体験は、訪れた人の五感を繊細に刺激し、没入感を高めていく。 「レストランでは、ピザをメインに、三浦の海が育んだ旬の食材を味わうアラカルト料理が構想されています。座席は目的や人数に合わせて選べるよう、カウンター席やテーブル席、ソファ席、テラス席に加え、コネクティング可能な2つの個室を計画しました。オープンキッチンからは、料理の音や香り、熱気がダイレクトに伝わり、屋外にあるビーチバーでは風や水辺の波を感じられます。外に開いた開放的な空間では、朝・昼・夕と移ろう光や季節によって異なる体験だけでなく、レストランで注文した軽食やドリンクを手にプールサイドへ向かうなど、拡張的で自由な過ごし方が生まれるはずです」
また、1日の中でシーンに合わせた多彩な楽しみ方ができるのもオールデイダイニングの魅力だ。朝は、目覚めたばかりの体に優しい朝食と香り高いコーヒーを。海を眺めながら過ごす穏やかなひとときが、一日の始まりに心地良い余白を与えてくれる。プールでひと泳ぎした後には、テラスで爽やかな潮風を感じながら地元食材を使ったランチでリフレッシュしたり、ディナーでは普段よりも少し着飾っていつもとは違う自分を楽しんでみたり。時間とともに表情を変える空間がバリエーション豊かな体験を生み出し、何気ない瞬間までも、かけがえのない記憶へと変えていく。 そんな滞在に寄り添うもうひとつの居場所が、プールに隣接する半円形のバーカウンターだ。リラックスした時間に浸りながらも誰かの存在をほど良く感じられ、ラグジュアリーさとカジュアルさを兼ね備えた雰囲気が漂う。
小坂氏が重きを置くのは、体験に奥行きがある空間づくり。その考えは、滞在者が手や足で触れるインテリアの素材にも表れている。 「建築全体において、壁には砂のような表情の左官仕上げが多用されています。その仕上げは、離れて見ると環境に馴染んで柔らかい印象を与えますが、近づいて触ってみるとザラつきがあり、光の当たり方によって様々な陰影が見られます。同じように、レストランやバーのインテリアにも、表情が豊かで、上質な素材を選びました。例えば、足裏で感じられる床の質感や、ビーチの雰囲気に溶け込むラタンの照明など。木材を使った什器は、建築の形状を踏襲して角を取り、小さな子どもが歩く際も危なくないようにデザインしています。ダイナミックな空間体験から繊細なディテールに至るまで細やかにこだわりました」 こうした素材とディテールがもたらす作用は、長い時間をこの場所で過ごすことで、少しずつ見つけていくことができるだろうと小坂氏は続ける。 「訪れる度に、きっと新しい発見や感動があると思います。ゆっくりと滞在を楽しむ中で、ふとした瞬間にひとつずつピントが合って場所への解像度が上がっていく。そして、自分だけのお気に入りのシーンや時間が次々と生まれていく。ヴィラというプライベートな空間と、プールやレストランといったパブリックな場を行き来しながら、愛着も湧いていくような場になってほしいですね」
何度も訪れたくなるような体験が積み重なるデザインは、小坂氏がこれまで手掛けてきたホテルやレストランの空間づくりともリンクする要素だ。 「普段、店舗や商業施設をデザインする中で、時にインパクトのある空間を求められることもあります。ただ、常に大切にしていることは、消費されない力強さや、50年、100年経った時により価値が高まっていくようなタイムレスな視点です。この視点は、NOT A HOTELの各拠点にも通じるものがあると感じています。NOT A HOTELは、一回きりの感動を提供する場所ではありません。滞在を重ねることで、従来の別荘にはないホスピタリティ、ホテルでは得ることのできないプライベートな体験を得て、ある意味でルールに縛られない自分らしい過ごし方を見つけていく場所であることが大きな魅力ですよね。多様な選択肢のある世の中で、『MIURA』もまた、その価値観を体現する場として、格別な時間に出会うための拠点となることを願っています」 見て、触れて、空気と時間の流れを楽しみ、五感を満たしていく空間体験が待つ「NOT A HOTEL MIURA」。そこにはきっと、予定も目的も必要ないだろう。気の向くままに、プールやジム、サウナでリフレッシュし、料理に舌鼓を打ち、部屋やプールサイドで休息する。そんな自由な時間が、ここには流れている。
小坂 竜
Ryu Kosaka
株式会社乃村工藝社チーフデザインオフィサー。A.N.D.代表。東京大学工学科建築学科の非常勤講師。大型商業施設から、国内外の話題のレストランやホテル、レジデンスなど幅広い分野のデザインを数多く手掛け、現在はインテリアにとどまらず建築デザインまで活動の場を広げている。大型複合施設「麻布台ヒルズ」の環境デザイン、虎屋銀座ビル内のレストラン・バー「ESPRIT C . KEI GINZA」・「ST LOUIS BAR by KEI」、「ルイ・ヴィトン メゾン大阪御堂筋」のカフェ・レストラン、羽田空港国際線をはじめとする「サクララウンジ(JAL国際線)」、他ホテルとして「THE AOYAMA GRAND HOTEL」、「ザ・ホテル青龍京都清水」、京都の会員制ホテル「眞松庵」などを手掛ける。イギリスの国際的に名誉あるアワード『Restaurant & Bar Design Awards』の大賞『Best Bar』の日本人初受賞を筆頭にこれまで数多くの賞を獲得。「NOT A HOTEL FUKUOKA」の内装デザインも手掛ける。
Text: Kei Takayanagi
Photo: Yuka Ito(NewColor inc.)