Vol.18

荒野を抜けると広がるオアシス

天野慶(Yard Works)

東京から1時間ほど車を走らせた神奈川・三浦の海岸近く。海を望む高台で計画が進む「NOT A HOTEL MIURA」は、“POOL CLUB”をコンセプトに、砂浜のビーチプールやインフィニティプール、インドアプール、プライベートプールといった多様なプールを備える。さらに、三浦の海の幸を使ったアラカルト料理やピザを堪能できるレストラン、プールサイドのビーチバー、サウナ、ジムも完備し、アクティビティやリラクゼーション体験がここだけで完結する場所になっている。 そんな「MIURA」の体験をより豊かにするのが、敷地内を彩るグリーンの存在だ。「ストーリー性のある風景や体験をつくりたい」と語る、ランドスケープデザインを手掛けた天野慶氏(Yard Works)に話を聞いた。

グリーンが織りなすドラマチックな体験

在来種と海外の植物を掛け合わせつつ、日本の四季を感じさせるデザイン手法で、造園やランドスケープデザインの新しい表現に挑んできた天野慶氏。独自のセンスから導き出される斬新な植栽計画には定評があり、山梨・笛吹を拠点とする天野氏の元には、全国各地からオファーが舞い込む。 NOT A HOTELのランドスケープデザインに携わるのは、「AOSHIMA」「KITAKARUIZAWA」に続いて3度目。海に近い立地という共通点もあり、「AOSHIMA」での経験が「MIURA」の計画に活かされていると天野氏は語る。 「『AOSHIMA』のランドスケープデザインでは、建築家の大堀伸さんやNOT A HOTELのプロジェクトチームと対話を重ね、そこでどんな風景をゲストに体験してほしいのか、NOT A HOTELらしい植物の佇まいとはどんな姿か、というイメージを共有して形にすることができました。この時にインプットしたプロジェクトの進め方やNOT A HOTELが求める世界観、海辺の環境に適応する植物の知見などが、『MIURA』の風景をデザインする上で大きな土台になっています」

有機的な形状とカラーで構成される「NOT A HOTEL MIURA」の建築は、地層の隆起をイメージしたデザインで、柱状節理(溶岩が冷え固まる時にできる幾何学形状の岩柱)がモチーフになっている。自然の造形に寄り添いながらも、どこか日常を離れた空気をまとう外観だ。天野氏は、この建築を介して、駐車場やエントランスから海に向かって開けたプールエリアへと続く植栽のストーリーを考えたという。 「多くのゲストが車で訪れることを想定し、敷地へのアプローチや駐車場から期待感を高めたいと考えました。イメージしたのは“荒野感”。エントランス付近では植栽をあえて控えめにし、景石や砂利を用いて、日本では見かけないようなドライな風景をつくっています。そこから奥へ進むにつれて、植物の密度が徐々に高まっていく計画です。これは、路地のような通路を抜けた先にオープンなプールエリアが広がる動線計画と連動するように考えた設えで、グリーンのボリュームをうまくコントロールし、対比をつくることで、『荒野(駐車場)を抜けるとオアシス(プール)に出会う』という体験をドラマチックに演出することにしました」

世界中どこを探してもない風景

海辺は、植物にとって過酷な環境だ。海風の強さや塩害を考慮すると、植えられる植物の選択肢は、他の立地に比べて格段に少なくなる。とはいえ、ヤシやソテツといった定番の南国植物を多用すると、どこかのリゾートで見たような風景になってしまう。 「普段の植栽計画では、落葉樹と常緑樹を組み合わせ、紅葉や落葉を通じて四季を感じられる造園を行うことが多いです。しかしNOT A HOTELが特に重視しているのは、いつ訪れたゲストにも絵力のある風景を提供すること。訪れる季節に左右されず、いつでも非日常的な風景を楽しんでもらうため、『MIURA』では、1年中葉が落ちず、紅葉しない常緑樹だけで植栽を構成するという、初めての試みに挑戦しました」 天野氏が提案したのは、シルバープランツを主体とした植栽計画。シルバーリーフとも呼ばれる銀白色や銀緑色などの白みを帯びた葉を持つ植物の中から、海辺の植生に適応する樹種を厳選していった。 「『AOSHIMA』での実績から、塩害に強いコトネアスターやタマモクマオウ、アロエ、ウチワサボテンなどをセレクトし、アカシアやバンクシア、シマグミといったオーストラリア原産の品種も数種類ずつ取り入れています。自然界には多様な植物が入り混じって自生するため、シルバープランツだけで成り立つ風景というのは、世界中を探してもどこにも存在しません。『MIURA』で表現したいのは、日本にも外国にもない、初めて目にする風景。異国を思わせるような建築と相まって、この場所にしかない風景が立ち上がることを期待しています」

記憶と記録に残るように

「MIURA」には、どこを切り取っても植物が存在する。全室オーシャンビューのヴィラから海を眺める時、レストランで食事をしながら窓の外に目を向ける時、屋外のプールで泳いでいる時。サンドベージュを基調とした建築やプールに寄り沿うように、植物は枝葉を揺らして木陰を映し出し、躍動感や生命力を感じさせる。 「どのプロジェクトでも、植物は建築や空間、サービスの魅力を引き立て、その場の体験の強度を高める存在だと思っています。ランドスケープデザインで私が大切にしているのは、調和を図ること。単に演出や装飾として植物を植えるのではなく、時には周囲からの視線を遮断したり、見せたい風景を切り取るフレームの役割を担ったりすることも珍しくありません。『MIURA』では、海と建物との間に見える街並みの存在をぼかし、より海を感じられるように、ヴィラのテラスに配置する植物の高さをコントロールしています。加えて、隣接する客室の間には高い木を植えることで、お互いが気配を気にすることなく過ごせるようにしました。こうした機能性と演出性を両立する微細な調整は、設計チームとの綿密なコミュニケーションがプロジェクト初期から取れているからこそできることです」

これまで、ホテルや商業施設、ウエディング施設など、全国各地のさまざま空間をグリーンで彩ってきた天野氏は、“記憶と記憶に残る空間”をつくることも大切にしてきた。 「人は記憶に残したい風景に出会った時に、シャッターを切りたくなりますよね。そして、その写真という記録は記憶を呼び覚まし、またあの場所を訪れたいという感情を引き出します。『MIURA』のランドスケープも、家族や友人、大切な人たちと過ごした思い出の中にそっと寄り添い、何度も思い返し、何度でも帰って来たくなるような、そんな体験を支える存在でありたいと思っています」

天野 慶

天野 慶

Kei Amano

Yard Works代表。植栽計画やエクステリア、ガーデンのデザインに加え、店舗や展示ブース、プロダクトの提案も行う造園家。近年は、地元・山梨にとどまらず、全国各地や海外にも活動の場を広げ、リゾート開発やキャンプ場のランドスケープデザインなど、多様なプロジェクトに携わっている。

STAFF

Text: Hiroko Kajihara

Photo: Yuka Ito(NewColor inc.)

NOT A HOTELをつくる人