
Vol.20
浅間山麓の雄大な自然の中にある「NOT A HOTEL KITAKARUIZAWA」が、進化を遂げようとしている。 新ハウスや人気ハウスの追加棟などが加わる形で「NOT A HOTEL KITAKARUIZAWA 2.0」へとアップデートし、新たに「KIDS PARK(キッズパーク)」も誕生する。 大きな草屋根に登って草スキーやそり遊びができる、それ自体が自然の中に置かれた遊具のような建築。四季を通して楽しめるこのキッズパークを設計するのが、日比野設計だ。代表の日比野拓氏と、取締役兼シニアプロジェクトリーダーの佐々木真理氏に、空間に込めた想いを聞いた。
子どものための空間づくりのスペシャリスト。日比野設計は、そう呼ぶにふさわしいだろう。 子ども向け施設専門の設計チーム「幼児の城」を持ち、国内外で600を超える園舎や校舎の設計を行ってきた。家具の設計・製造、ユニフォームやサインを手掛けるチーム「KIDS DESIGN LABO」、そして、自社運営の保育園「KIDS SMILE LABO」もあり、子どもたちが過ごす環境をトータルで考え、デザインしている。 創業は1972年。日比野氏の父が立ち上げ、高度経済成長期は公共施設の設計が中心だった。 「ベビーブームだった当時、全国で小学校や幼稚園の数が足りておらず、日比野設計も公共施設の設計に軸を置きながら、いくつかの園舎や校舎を手掛けていました。90年代にバブルが崩壊した時、『これからの時代は設計事務所も専門領域を持つべきだ』と先代が考え、なかでも得意としていた教育施設と福祉施設に特化することにしたのです。そこから子ども向け施設の設計を積み重ね、並行して子どもと環境に関する調査研究も続けてきました」(日比野氏) 自社で保育園の運営を始めたのは2021年。自分たちが考える理想の空間を示すため、そして社員のためでもあった。 「実績を重ねるなか、子どもにとっての理想の空間とは何かがだんだん分かってきました。しかしクライアントワークでは予算もあるため理想と現実のギャップに挟まれることが多く、『自分たちの理想型を形にしたい』と考えるようになったのです。また日比野設計は、社員の半分以上が女性です。彼女たちが出産・育児を経て復帰したいけれど、子どもが保育園に入れないという問題もありました。その二つが重なり、自社で保育園をつくろうと踏み出したのです」(日比野氏)

日比野設計が運営する、神奈川・本厚木にある都市型保育園「KIDS SMILE LABO」。


幼稚園や保育園の設計では家具までトータルでデザインすることが多いと日比野氏。模型で検証を重ね、子どもの成長に合わせた家具を製作している。
KIDS SMILE LABOには、大きな窓から自然光が入り、段差や隠れられる場所が散りばめられている。それは、「子どもの目線に立ったデザイン」から生まれている。 「平らなことが安全だと思っている子育て関係者は多いですが、僕らは逆です。段差があると体の動かし方を学ぶし、足腰を鍛えるきっかけになる。幼稚園や保育園の中だけ過度に安全にしても、街では車も走るし段差もあります。だから、幼稚園や保育園の空間を通してたくさんのことを学び、外に出ても安全に生きていけるようになるのが、本質だと考えているのです」(日比野氏)

佐々木氏はNOT A HOTELからキッズパークの設計依頼を受け、北軽井沢の敷地を初めて見に行った際、その自然環境の豊かさに圧倒されたと振り返る。 「『NOT A HOTEL KITAKARUIZAWA』の敷地が、本当に素晴らしくて。自然の斜面があり、水が湧き、豊かな植生がある。生い茂る草の中を歩いたり、大きな岩や斜面を登ったりする体験は、子どもたちにとって楽しいに違いないと感じました。新しくつくるというより、すでにそこにあるものをそのまま感じられ、もっと楽しくするのが私たちの使命だと思いました」(佐々木氏) この雄大な自然の魅力を生かすための建築とは何か。NOT A HOTEL ARCHITECTSと共に考えながら、施設の規模や内容が決まっていった。 手がかりの一つとなったのが、日比野設計が2021年に設計した「認定こども園 愛宕幼稚園」だ。冬になると3〜4mの雪が積もる新潟県十日町市にある園舎には、建物と園庭をつなぐスロープをつくった。冬は雪そりを、それ以外の季節は草すべりを楽しめる遊び場となる。自然環境を建築に取り込み、季節ごとの楽しみ方ができるこのデザインが、今回のキッズパークの大きな草屋根につながっていった。

日比野設計が設計した新潟・十日町にある「認定こども園 愛宕幼稚園」。園舎と園庭をつなぐ巨大なスロープが特長のひとつであり、豪雪地帯という立地特性を活かして、雪の日でもそり遊びなど子どもたちの遊び場になるようにデザインされた。
地面がそのまま盛り上がったような大屋根に登って、思いきり滑って楽しむ。そんな大胆な建築には、子どもたちが安全に過ごせる工夫がさりげなくなされている。 「斜面は、子どもたちにとって馴染みのある一般的な滑り台と変わらない角度で設計しています。また、屋根の足元の小さな『コブ』は、滑ってスピードが出過ぎた場合に子どもたちを受け止めるためにあります。全体の風景に溶け込む形で安全をつくっているのです。過度な安全対策を施したり、全てを子どものスケールに合わせ切ることは、今回もあえてしていません。小さなお子さんにとっては一人で歩くには大きすぎる段差であっても、お父さんお母さんが手を引いて助けてあげれば良い。そうしたコミュニケーションや触れ合いが生まれることが大切だと考えています」(日比野氏)

小川が流れる敷地に建設を予定している「NOT A HOTEL KITAKARUIZAWA」のキッズパーク。

キッズパークの建物は、外の広場に向かって大きなガラス張りになっており、室内にいても外を感じ、自然環境との一体感を得られる。室内は、木の温かみに包まれる空間。頭上のネット遊具を移動したり、ボールプールで遊んだりできるアスレチックジムや、本が置かれたライブラリーなどが、多様な過ごし方を誘う。 「外遊びが好きな子もいれば、静かに本を読みたい子、寒い時や暑い時も体をめいっぱい動かしたい子もいる。こうした多様性を受け入れられる設計です。張り巡らせたネット遊具は、身体のバランスを取ったり、移動したりといった幼少期に体得すべき『36の基本動作』が自然と生まれるよう、取り入れています」(日比野氏)


見通しの良い大きな空間だが、よく見ると、階段下の穴蔵のような小部屋など、「小さな居場所」がたくさんある。 「子どもがどこにいるか分かるように見通しの良い大きなひとつの空間ですが、その中でお気に入りの居場所が見つけられるように、小さい囲いやくぼみをたくさん設けています。低い壁で囲われた場所で、絵を描いたり、お話ししたりしても良い。それぞれの過ごし方や自分が好きなことを見つけてもらえたらと考えながら設計しています」(佐々木氏)

最後に、キッズパークを訪れる人にどんな過ごし方をしてほしいかを二人に聞くと、こんな答えが返ってきた。 「子どもだけでなく大人も楽しめる空間です。世代を問わず皆さんがリラックスして、普段とは違う家族の時間が生まれるといいなと思います」(佐々木氏) 「四季折々の自然環境を存分に楽しめるようにつくっているので、それぞれの季節で訪れ、楽しんでもらいたいと思っています。そして、子どもたちは、いつも自分たちの想像を超えてきます。大人もそれを受け入れ、自由に楽しめる場になったら良いですね」(日比野氏) 自然の豊かさを満喫しながら、子どもも大人も過ごし方や居場所を見つけられるキッズパーク。ここでのひとときが、「NOT A HOTEL KITAKARUIZAWA 2.0」での体験を、より豊かにしていくだろう。


日比野設計
HIBINOSEKKEI
HIBINOSEKKEI+youji no shiroは、1972年の創業以来、幼稚園・保育園・学校、ミュージアムなど、子どもに関わる空間づくりを中心に、国内600、海外40を超える実績を持つ。建築を軸に、インテリア、ランドスケープ、家具、グラフィック、制服など、多様な分野を横断しながら、「子どもの主体性や創造性を育み、人と社会の関係を豊かにするデザイン」を追求している。その活動は国内外でも多数の賞を受賞をするなど評価を受け、2019年にはWorld Architecture Festivalで最優秀賞、そして2025年も最優秀賞候補としてノミネートされている。現在は日本、中国に拠点を持ち、中国・台湾・韓国・インドネシア・カザフスタンなどでプロジェクトを進行中。2024年にはオーストラリアImages社より幼児施設に関する作品集『The World Design for Children』を世界同時出版し、国際的な注目を集めている。
認定こども園 愛宕幼稚園
KIDS SMILE LABO
Text: Yuki Tamaki
Photo: Kanta Nakamura(NewColor inc.)