Vol.07
藤本 壮介(藤本壮介建築設計事務所)
〈NOT A HOTEL ISHIGAKI〉が沖縄県石垣島に建設されることが発表された8月1日、そのビジュアルはやはり、見るものの度肝を抜いた。デザインしたのは、建築家の藤本壮介氏(藤本壮介建築設計事務所代表)である。
なんと、藤本氏に設計の打診があったのは今年の3月、すぐに現地を見に行き、設計を快諾した藤本氏側から6月に2つの初案が出て、その1つが一発OKに。基本計画はほぼ終わり、8月1日にローンチという、驚くべき超スピードでプロジェクトが進行している。
藤本氏と濵渦氏との出会いは、今年の初春。2人の共通の知人と藤本氏が、藤本氏が設計したことで知られる〈白井屋ホテル〉で会食した際に、端末の画面越しに濵渦氏と挨拶を交わした。「初めまして」、「いい土地があればぜひ一緒に」という、世にありふれたやりとりから1カ月と経たないうちに、濵渦氏から「石垣島の敷地を一緒に観に行きませんか」というメールが藤本氏のもとに届く。国内外で多数のプロジェクトを抱え、2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)の会場デザインプロデューサーを務めるなど、多忙を極める藤本氏だったが、数時間だけ都合をつけ、羽田空港の出発ゲート前で濵渦氏と待ち合わせた。実際に会ったのはこれが初回である。
かねてより、NOT A HOTELのビジネスモデルに建築家として大きな関心を寄せていた藤本氏は「機会があれば、やってみたいと思ってはいた」という。石垣まで出向いたのも、関心があったからだが、依頼を引き受けるかどうかはこの時点ではもちろん未定である。これまでに数多の物件を視察して回っている濵渦氏が太鼓判を押す計画地に実際に立った藤本氏は、その土地がもっているポテンシャルの高さに大いに魅了される。
藤本:「現地には、元のオーナーさんの別荘が残っていて、2Fにあがってテラスに出ると、海がバーっと広がって、最高のロケーションでした。いい感じの沖縄の住宅地を抜けていった先、空港から乗ったタクシーの車内で濵渦さんと自己紹介している間に着いちゃうような距離に、こんな別世界みたいな場所があるんだと、とても驚きました。それと、敷地のまわりに木々が生い茂っているのですが、庭を含めた全体がちゃんと整備されていて、元の持ち主のこの土地に対する深い愛情を強く感じました。このポテンシャルならぜひ、ご一緒したいと思いました。」
現地滞在は2時間、帰京する飛行機を待つ間、石垣空港内での食事中に、藤本氏はプロジェクトへの参画を表明する。その一方で、“愛された土地”に、そうそう迂闊なものは建てられないというプレッシャーは当然ながらあったという。
この時はまだ、どのような建築にするかという具体的な像は、藤本氏自身も描ききれていない。だが、「3,000坪に1棟」というおおよそのイメージはあった。実現に向けて強く後押ししたのが、濵渦氏である。
敷地面積は約3,000坪。市場の感覚なら、数は5棟から10棟、高さは最大で10階建てと、最大ボリュームで見積もるところだ。NOT A HOTELの積算部門もそのように見込んでいた。ところが、現地で濵渦氏は、それとは真逆の方針を打ち出した。なんと、建てるのは1棟だけ。採算度外視の計画である。現地での経緯を、藤本氏は次のように振り返る。
藤本:「もともと、ゆったりとした土地に、オーナーさんの別荘が1棟だけ建ってて、その佇まいがすごく自然で、すごくしっくりきていた。海とは反対側には広大な庭があるんだけど、そこを切り分けて何棟も建てるのはちょっと、土地へのリスペクトがないなぁと、現地で考えていたら、濵渦さんが、コソコソっと『1棟にしましょうよ』って囁いてきた(笑)。それで、ああ、1棟でもいいんだって、安心しました。」
藤本氏の指揮のもと、基本計画が3月にスタート。6月に行われた最初のプレゼンテーションでは、中庭を屋根の上にしつらえるという、8月のローンチ時のビジュアルにほぼ近いプラン(屋上中庭案)と、段々状の屋上が海へと開くプランの2つが提示された。濵渦氏は「屋上中庭案」を気に入り、その場で即決した。「一目惚れ」だったという。
基本計画では、〈NOT A HOTEL ISHIGAKI〉は2階建てで、部屋数は4つ。1階に、多目的にも使えるベッドルームが配置されている。オーシャンビューとなる2階が大きなリビングで、屋上の中庭ともつながっている。室内(リビング)からは、海と緑の両方の景色を楽しめる。
藤本:「今回の設計では、石垣の海というポテンシャルをどう生かすかが1つ大きくありました。初期の段階では、海側に眺望を振り切ったプランを考えていました。でも、海を含めて、この場所全体で、なにか1つの別世界を創出できるような建築が、あの場所にはマッチするんじゃないかと思いました。濵渦さんに即決していただいたプランは、建物を円形にして、屋上をすり鉢状にして緑を植えて、部屋の中からこの緑も見えれば、海も見える。屋根には傾斜をつけて、周囲の建物は見えないようにしてあります。」
この初回プレゼンの段階では、屋上を中庭として使うものの、そこは石を張った真っ白な空間で、植物もシンボルツリーも植えられていなかったという。発表された最終形に大きく近づいたきっかけは、クライアントの濵渦氏からの一言だった。
「屋上中庭案」に一発OKを出した濵渦氏だが、「真っ白すぎて、ちょっとミニマム」という違和感を覚えたという。それを率直に藤本氏サイドに伝え、中庭を石張りにした場合は、夏季は照り返しで暑くなってしまうといった懸念など、クライアントと設計側の双方で意見を交わすうちに、南国の夏の暑さを和らげることにもつながる、緑を敷き詰める案が濵渦氏の口をついて出た。
藤本:「最初のプレゼンの場で、屋上のデザインを検討していたときに、濵渦さんが『緑のほかに、木が1本植わってて、その木陰で本とか読めたら最高だね』と言ってくれたんですね。その情景が、めちゃくちゃ僕の中でヒットした。ああ、僕はまさにそういうのがつくりたかったんだって気づくことができた。」
建築の仕事をやっていると、このような瞬間にたびたび遭遇すると、藤本氏は言葉を続ける。
藤本:「クライアントのビジョンをいかに花開かせるか、建築をやるうえでそこがおもしろいチャレンジだと思っています。クライアントとの間で、何か響き合ったとき、自分が考えていたことがさらに進化することがある。今回の石垣のプロジェクトでは、僕らが最初に考えていた、硬くて真っ白な空間よりも、木陰に象徴されるような、穏やかな、豊かな世界がそこにあって、1つの世界が切り取られるような感じが、すごくいいなと思いました。」
NOT A HOTELでは、プロジェクトごとに、建物に名前をつけている。今回は「EARTH」と命名された。
これは、屋上に緑を植え、1本の木を植え、小さな水辺もつくる〈NOT A HOTEL ISHIGAKI〉を、Google Earth(グーグルアース)のような視点で真上から見たときに、まわりの環境に溶け込んで、境がなくなってしまうのではないかという、大いにありうる仮説に基づいている。
8月1日のローンチ時に発表されたメインビジュアルは、藤本氏とNOT A HOTELが共有しているこれらのビジョンが伝わるよう、検討を重ねた末の最良のアングルとのこと。
NOT A HOTELのこれまでのプロジェクトで一貫しているのが、「建築家が建てたいものをつくる」というスタンスである。対談形式で進んだ取材のなかで、濵渦氏はこれを「我慢しない建築」と呼んだ。さらに、ピーター・ズントーと施主との関係を引き合いに出し、「寛容な施主でありたい」と、自身が目指すところを語った。
濵渦:「日本で宿泊施設を建てようとすると、宿泊料金がいくらとなぜか先に決まっていて、そこから逆算して建築費が決まっていく。僕らはこの逆をやっています。こういうものをつくりたいんだとプランを先に提示して、それが売れたら、つくる。今のところ、ローンチしたプロジェクトは全て売れているので、時代に求められているんだろうなと思っています。」
「今まで誰もやってないプランだからこそ、実現していきたい。」という、濵渦氏が率いるNOT A HOTELのチャレンジを、藤本氏は建築家として高く評価している。
藤本:「僕らが石垣のプロジェクトに関わる前から、すごいなと思っていたのは、NOT A HOTELのビジネスモデルでした。でも、そこで、建築家だけが『これをやりたい!』と言ってもダメで、そのサイトにとって最も価値があるものとは何か? これをNOT A HOTELと一緒に考えて、しっかりとつくっていかないといけない。僕らにとって安心なのは、濵渦さんたちが大きなビジョンをもっていて、さらに、プロジェクトごとに進化していて、ホテルづくりに特化したノウハウももっていること。海外のプロダクトデザインにも詳しい。双方の強みを生かしてできあがるビジョンだから、価値がわかる人たち、あるいは価値を楽しみたい人たちに受け入れられているのではないか。この関係性って、すごく素晴らしいことですよね。濵渦さんは、ご自身の仕事を『趣味です』と仰るけれども、売れないとつくれないという大きなリスクを負いながら、楽しみながら仕事をしている。すごいなぁと思います。」
藤本:「今回のプロジェクトは、建ち方としては1つのヴィラなんだけど、視野がちょっと広いじゃないですか、これからつくる空間も、NOT A HOTELという仕組み自体も。そうすると、必然的に、設計する僕らとしても、クライアントさんがどうこうってことじゃくて、今の時代にふさわしい、生活だったり、体験というものを、おおらかに提案したいという想いがあります。〈NOT A HOTEL ISHIGAKI〉は、いつもより少し広い視野で、この場所にふさわしい建築を考えることができたと思っています。」
藤本:「1つの家なんだけど、同時に、社会性やフィー、未来への提案もちゃんと含まれていて、それに共感してくれる人々がいてくれる。8月1日にリリースが出てすぐに、ものすごい数のリアクションが僕のほうにもありました。NOT A HOTELは、そのあたりの広がり方がすごいなと、改めて感じましたね。でも実は、基本計画をしながら、そういう広がりがあるといいなと思っていたので、僕らのプランが皆さんと響き合ってくれたのは、建築家として嬉しかったですね。」
その場所にふさわしいもの、価値あるものを、イチからつくりあげるベンチャー企業、NOT A HOTEL。休みの日でも土地探しに奔走するという濵渦氏のもとに、「この土地をうまく使ってくれるところがあれば、売りたい」という話が持ち込まれたことは幸いだった。
現地の様子を写真で確認した濵渦氏は、「この土地はすごい!」と看破。その高いテンションのまま、テレビ電話で挨拶したばかりの藤本氏にメールを送った。本稿の冒頭で触れた、今年の春先の出来事だ。それから4カ月半、〈NOT A HOTEL ISHIGAKI〉のイメージビジュアルを見た、元のオーナーは、その出来栄えにたいそう喜んでくれたという。「それがなにより嬉しかった」と2人は口を揃えた。
さまざまな奇跡的な出会いを重ね、価値あるものをつくりたいという志を共有して、〈NOT A HOTEL ISHIGAKI〉は誕生した。現在は実施設計が進められ、発売は来年の春ないし夏を予定している。
『TECTURE MAG』特集記事 2022年9月27日掲載「藤本壮介インタビュー:響き合い進化するプロジェクト」より転載(許可を得て、NOT A HOTELにて一部改編)
https://mag.tecture.jp/feature/20220927-sou-fujimoto-interview/藤本 壮介
Sou Fujimoto
1971年北海道生まれ。 東京大学工学部建築学科卒業後、2000年藤本壮介建築設計事務所を設立。2014年フランス・モンペリエ国際設計競技最優秀賞(ラルブル・ブラン)に続き、2015、2017、2018年にもヨーロッパ各国の国際設計競技にて最優秀賞など、国内外での受賞多数。2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)の会場デザインプロデューサーを務める
L'Arbre Blanc
2019年フランス南部のモンペリエに竣工した集合住宅。113の住戸に加え、1〜2階にレストランとアートギャラリー、屋上にはバーが併設されている。この無数に張り出したバルコニーは、隣人たちの親密でありながら節度ある距離感を3次元的に作り出している。南フランス特有の豊かな気候と、地元住人のライフスタイルに深く根付くと同時に、都市のランドマークにもなっている。
Photo : (c) IWAN BAAN
Serpentine Gallery Pavilion 2013
2013年ロンドンのケンジントン・ガーデンに作られた仮設のパビリオン。20mm角という非常に細いスチールパイプによる格子自体が構造体となっている。柱や梁、屋根や壁や床といった明確に部屋や階を分けるものはなく、大勢でのイベント、数人で談笑、1人で腰掛けて読書等、思い思いの場所を段差や格子の密度によって緩やかに作り出している。
Photo : (c) IWAN BAAN
House N
2008年大分県に竣工した住宅。この住宅は無数の四角い開口の空いた3つの箱が入れ子状に組み合わさり構成されている。内側の2つの箱はインテリア、外側の箱は庭のある半外部空間。内と外、プライベートとパブリックを緩やかに分けながらも繋ぐ住宅となっている。窓の向こうに窓、さらにその向こうにも窓があるつくりとしていることで、自然の中にいるかのような奥行をもたらす。
Photo : (c) IWAN BAAN
Interview: Jun Kato
Text: Naoko Endo
Photo: toha