
Vol.05
建築が真の完成を迎える時
SUPPOSE DESIGN OFFICE 谷尻誠氏・吉田愛氏インタビュー
2025年5月に開業を迎えた「NOT A HOTEL MINAKAMI TOJI」。設計を担当したSUPPOSE DESIGN OFFICEの谷尻誠氏と吉田愛氏にとって、4つ目のNOT A HOTELプロジェクトだ。コンセプトや体験を形づくるディテール、そして建築というプロセスにおいて“完成する”とはどういうことなのか、竣工後に「TOJI」を訪れた二人に聞いた。

“水源の街”に現れる、現代の温泉集落
山頂に広がる敷地を舞台にNOT A HOTELをデザインするにあたって、谷尻氏と吉田氏はみなかみの風土をインスピレーションに集落というコンセプトを導き出した。「NOT A HOTEL MINAKAMI」を訪れて、銅板に包まれた建築が立ち並ぶ光景を目にすると特別な感覚がもたらされる。 「みなかみは、温泉が根付いている地域であることや、“水源の街”と言われてきたほど水が美しいという印象を強く持っていました。だからこそ、水を建築のマテリアルのように扱って、ここだけの水景みたいなものがつくれたら素敵なのではないかと考えました」(吉田) 「日常だと動線が短い方が良いと感じる傾向があるように思いますが、旅に出ている時は、離れのヴィラからヴィラへ歩いたり、ヴィラからレストランへの移動でお風呂上がりに夜風を浴びたり、そうやって気候の変化を感じた時に人は「豊かな時間だな」と思う気がします。今回の『NOT A HOTEL MINAKAMI』では5棟のヴィラとレストランが立ち並ぶ集落のように作ったことで、移動という時間自体も大きな体験に変えられているかなと」(谷尻)

明確な意図を持たせたディテールによる効果
「TOJI」のデザインには、思わず目を惹く真新しさと、日本人の中にある心象風景のような懐かしさが共存している。必要性から生まれた美しさと、SUPPOSE DESIGN OFFICEが建築デザインに込めた意図とが結びつき、この空間で過ごす時間に優しく寄り添っていく。 「校倉造りや合掌造り、日本の古典的な屋根といった建築の要素が『TOJI』に入っていて、それがとてもモダンに感じる。そういった発想でつくれたことこそが、この空間の面白さじゃないかなと考えています。同時にそれは、湿度の調整のために木だけで組んでいるとか、雪や湿度の話で深い急な屋根勾配が設計されているということでもあるんです。建物の用途や風土に必要なものとして設計された構造が、そのまま意匠として現れている。そんな潔い美しさが私たちの目指したところです」(吉田) 「僕らがつくる空間は、“暗い”というイメージを持たれることが多いんです。その意図というのは、暗がりから外を見た時に、景色がすごく綺麗に見えるという発想にあります。だからこそ、外に広がるみなかみの風景にフォーカスしてもらうために室内の照度を少し下げたり、抑えたトーンの材料を選ぶようにしている。『TOJI』の軒を下げているのも、普通であればここまで下げると頭を打ってしまうような寸法ですが、リビングを囲むようにプールを配しつつ、あえて軒を下げることで、中の空間がしっかりと囲われていく。外も中も一緒に空間化するための操作で、景色の移ろいを象徴的に捉えるための造り方です」(谷尻) 視覚的な工夫だけでなく、さまざまな手触りも「TOJI」らしさを演出するディテールのひとつ。“湯治”の名を冠した建築に欠かせない温泉やスパといった設備とともに、空間のコンセプトの強度を一層高めている。 「旅館のような要素を取り入れて設計したいという思いがありました。どういったことが、旅館に行った時の心地良さなんだろうって考えると、やっぱり日本人には靴や靴下を脱いだ時に感じる「解放された」っていう感覚があると思うんです。だからこそ、より身体に近い、例えば手触りとか足触りみたいなもので心地よさを感じられるように、寝室には素足で過ごせる畳にして、掘りごたつのようなカウンターテーブルを設けました。畳のある空間はNOT A HOTELでは初めてだと思いますが、他とは違う体験が生まれると良いなと」(吉田) 「家だと『お風呂入りますよ』と家族に声をかけて洗面所に行き、服を脱いでお風呂に入るという行為があるので、お風呂に入るために少し心の準備が必要ですよね。でもここのように水辺がすぐそばにあると、心の準備がなく、お風呂に入る回数が間違いなく増えると思います。僕らは内部空間に限りなく近い外をつくろうとしているので、そういう場所を『TOJI』ではつくりたかったんです」(谷尻) 「究極の中間領域というか…外なのか中なのか分からない場所に魅力があると考えています。『TOJI』の軒の下もその代表例だと思いますが、リビングを囲むように張られた水が自然を映し出すという、見たことのない中間領域がつくれたような気がします」(吉田)

過去と現代、和とモダンのマリアージュ
時代のギャップや、テイストのギャップを掛け合わせることで、SUPPOSE DESIGN OFFICEは空間にアクセントと洗練をもたらす。「TOJI」の空間全体に漂う心地よさは、そういったこだわりが生んだ絶妙なバランスの上に成り立っている。 「日本的な要素と、洋とまでは言わないまでもモダンなものとを調和させることを目指しています。全てを過去の“和”に寄せるわけでもなければ、現代性だけに寄せるわけでもない。本当にやりたいことは、過去性と現代性がしっかりマリアージュされている状態で建築をつくりあげることです」(谷尻) 「無垢の木に鉄を合わせたり、イサムノグチのように和紙を使っていたりと、和の要素はありますが、どこかモダンなデザイン。昔から私たちは建築とインテリアの境界をつくりたくないなと考えています。構造がそのまま内部空間に現れて、それが美しく見えることが一番潔い。例えば、1階の個室に内壁と外壁が繋がっていくシーンがあります。実際は材料が違いますが、そこを色合わせしてなるべく連続性が感じられるようにつくっていく。そうすることで、ダイナミックな内部空間が生まれるはずです」(吉田) 「レストランも設計にこだわりました。天井が非常に高く、薪火の音と香りが漂う空間。そこに対して、カウンターは真っ直ぐではなく、少しカーブさせた曲線のカウンターにしました。食事をする人と人の距離が少し近くなるような、『TOJI』の5棟のレジデンスと同じように親しみや温かみを感じるような空間体験が生まれると良いなと考えています」(吉田)

建築が“完成する”ということ
近年では、建築家としての活動からフィールドをさらに拡張して、設計にとどまらないプロジェクトを手掛けるSUPPOSE DESIGN OFFICE。その過程で、谷尻氏は「建築は完成しないもの」だと捉えるようになったという。「TOJI」もまた、彼らからオーナーやゲストへと受け継がれていくことだろう。 「育っていくような建物をつくりたいなと思っています。『TOJI』の銅板もそうですが、どんどん変化していき、時間の経過がそこに現れてくる……。あとはやっぱりランドスケープもそうですね。季節によって風景が変化していく中で共生、共存する建築の美しさに惹かれるようになってきました。竣工のタイミングに“完成”を合わせるというよりは、竣工のずっと先でより魅力的になるようなものを設計したいんです」(吉田) 「一般的には竣工した嬉しさとともに離れていくのが建築で、施主に引き渡した後は、僕たちもその場を立ち去るので寂しいと、そう思っていました。ただ、全ての建物ではないですが、自分たちでも少なからず運営に携わったりするうちに、完成することはなくて、建物は守り続けていくものなんじゃないかと感じるようになりました。たまたま我々が設計を依頼されたものに関しては、竣工後にバトンタッチをして維持されていく。そういう意味でも、日々が完成であり、未完成の状態がずっと続いていくというのが、建物なんじゃないかなと思っています」(谷尻)

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TOJI

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NOT A HOTEL
Kanta Nakamura(Newcolor inc.)