Vol.14
片山正通(Wonderwall®︎)
緑豊かな北軽井沢で計画が進む「NOT A HOTEL KITAKARUIZAWA MASU」を支えるのは、日本と西洋の建築哲学、そして時代を超えた建築様式だ。これらが入り交じる建築を手掛けたのは、世界的に活躍するインテリアデザイナー、Wonderwall®︎の片山正通氏。彼の思想と共に「MASU」に込められた思いを紐解く。
これまでさまざまなクライアントの思いを、空間という形で表現してきた片山正通氏。構想当初は場所を限定しないプロダクト的なプロジェクトを試みようと計画された「NOT A HOTEL KITAKARUIZAWA MASU」について、片山氏は定型的なシステムをつくり出そうと考え始めたと振り返る。 「日本の伝統的な建築には、とてもモダンでプロダクトのようなシステムがあります。そのアプローチに学びつつ、ある種の豊かさを持つ提案を行いたいと考えました。その手掛かりとして思い浮かべたのが、日本のモダニズムを支えた建築家である丹下健三の自邸です」
1953年に竣工した丹下邸は木造住宅ながら、1階を柱だけのピロティ、2階を畳敷きの居室が連続する生活空間とした実験的な建築だ。現存はせず、片山氏は1/3スケールの模型を展覧会で見て以来、心惹かれ続けていると話す。 「とても日本的ながら、インターナショナルなスタイルも併せ持つ建築です。日本の伝統的な建築様式には、寝殿造、書院造などがあり、丹下が意識したであろう『桂離宮』は、書院を雁行させた高床式の建築です。一方で、ル・コルビュジエが提案したピロティ(1階部分を柱だけで構成し、地上部分を開放させる吹き放しの空間)も同時に実現している。日本と西洋の考え方を合わせたような建築は非常に開放的でありながら、プライバシーも担保していて、とても魅力を感じました」
片山氏は「桂離宮」について、日本のさまざまな建築様式の特徴を併せ持つと同時に、数寄屋造りでもあると説明する。 「数寄屋は簡単に言うと、母屋と別に茶を嗜むためにつくった茶室の建築と解釈することができます。様式であると同時に、数寄者が自らのアイデンティティを表した建築です。ある意味でルールはなく、伝統的な茶室のあり方を根底にしながら、さまざまな茶人や建築家がその表現に挑んできました」
数寄者とは“好き者”を語源に、風流を好む人を指す。NOT A HOTELのコンセプトと重なるところがあり、自宅とは別の空間での滞在を楽しむ人々は、現代の数寄者と言えるだろうと片山氏。「かつて茶を嗜んだ行為や時間を捉え直し、多様な趣味や時間をこの空間で楽しんでほしい。それこそが現代における数寄屋ではないでしょうか」と、丹下邸や数寄屋建築、モダニズムなどに意識を向けながら、片山氏はそれを「NOT A HOTEL KITAKARUIZAWA MASU」で実現しようとしている。 こうして導き出されたグランドコンセプトが「数寄(=好き)に住む」。片山氏自身が素直に欲する空間とは何か、そして訪れる人にエネルギーを与えられる空間とは何かをベースに検討が重ねられた。
「伝統への敬意を表しながらモダニズムを実現した丹下のコンセプトは強固で、変えようがありません。そこで今回は、住宅よりも少しカジュアルに楽しめるような、エンターテインメント性のある空間づくりを通してオリジナリティを表現しています。『NOT A HOTEL KITAKARUIZAWA MASU』では1階の床面積の半分を開放的なダイニング、もう半分をピロティとし、目の前にはファイアプレイスを備えたアウトドアリビングを置いて森と密接に関わる状況をつくりました。2階はプライバシーを保つ生活空間としつつ全面にデッキを回し、どの部屋も窓をハイサッシとすることですべてを開放できるようにしています。建築でありながら環境と融合するような、滞在する人々にそのきっかけを与える空間としたかったのです」
「僕は建築家ではなくインテリアデザイナーです。そのため、空間を考える時もミリ単位で考えていきます」と話す片山氏は、意匠だけでなく建物の安全性や耐久性を確保するための構造も美しさをつくるポイントの一つだと考え、柱の太さもデザイン性と強度の両面から検討して限界に挑んでいる。
木材のように見立てた細い柱は、鉄板を溶接して角を出すように制作する予定だ。2階のデッキや屋根の形状とのプロポーションも考え抜かれており、北軽井沢の森にそっと浮かび上がるような浮遊感を演出する。 「もちろん美しいだけで機能がなくては意味がありません。屋根、柱、デッキなどのディテールを細かく検証したうえでフォルムを決め、映り込みやツヤの加減などからマテリアルの表情も検証します。まさに家具をつくるように建築をつくっていく感覚ですね。そのこだわりが積み重なることで、“なんてことはないけれど何かが違う”と感じてもらえる空間になると信じています」
そんな片山氏の偏愛が現れている一つに階段がある。モダニズム建築の名作にはたびたび名作階段が登場するが、片山氏は「階を移動することは空間にシークエンスを生み出すことであり、非常に重要なシーンをつくる装置だからではないでしょうか」とその背景を読み解き、蹴上(階段の一段分の高さ)と踏み面(階段で足をのせる踏み板の上面)、1階と2階の関係性などを考えながら、何度もプランを見直し、建築を決定づけるようなオブジェクトとして階段を考えたという。
数年前まで日本的な文化と距離を置きたいと考えていたと話す片山氏は、自身が敬愛するさまざまな国の建築家たちが日本の文化を独自に解釈して表現してきたことに気づき、この数年は日本の文化が持つ優れた面や現代性と向き合うことで日本的な要素に向き合うようになったそうだ。そして、数寄屋建築とは伸びやかに自分の好きなことを表現するものだと理解を深めてきた。 「常に目を開いて、耳を広げること。そうすると面白い情報が飛び込んできます。それを取り入れ、脳が揺さぶられるような体験を日常の中で大切したい」と片山氏。まさにそうした自身の感情が揺さぶられた要素を「NOT A HOTEL KITAKARUIZAWA MASU〉のさまざまな部分に落とし込んでいるのだ。
「NOT A HOTEL KITAKARUIZAWA MASU」に置かれる家具においても、日本の文化が与えた世界の建築やデザインへの影響を汲み取り、それらに寄り添おうとする片山氏の意識が見て取れる。 「今回は改めて歴史と向き合い、家具は僕好みのミッドセンチュリー期のものを中心に選んでいます。結果として、近年僕が設計でテーマにしている“東と西の融合”をフラットに表現できました」
それらを陰ながら支える造作家具はすべてオリジナルで、ミッドセンチュリー期の家具のようにおおらかなモジュールを目指したというデザインは、いずれも繊細で美しい仕上げに驚かされる。 「空間のイメージとしては少し前の時代に戻るような感覚を抱かれるかもしれないのですが、僕にとってはいまという時代における最先端だと考えています。宿泊の場を考えることは、自分をさらけ出すことにつながるのかもしれません。僕もここに泊まることができるかもしれないと思うと、ますます自分自身も楽しめる空間にしたい。ただそう考えるほどに、空間から僕のエゴが排除されていきます。近頃は前向きな意味でデザインをしないことを心がけ、その本質的な意味や役割をもう一度捉え直そうとしています。だからこそ今回のプロジェクトも新鮮な気持ちで取り組みました」
「MASU」の名前の由来となったのは、グリッドを組み合わせたような平面プランだ。 「初めに提出した平面図を見て、NOT A HOTEL代表の濱渦さんが『枡(マス)みたいですね』とおっしゃったんです。たしかにそういう見方もあるのかと、的確にコンセプトを示す言葉遊びでおもしろいなと感じました」
マスというある種のルールがある中で、そのルールを遊ぶ。「グリッドシステムで空間を考えることが初めてであるものの、システマティックでありながら、同時に大胆なアプローチもできました」と自信をのぞかせる片山氏。4棟の建設が予定されている「NOT A HOTEL KARUIZAWA MASU」の2階は8つのマスからなり、うち1つのマスはスペシャルマスとして4棟ごとに機能とデザインが異なる。この部屋にそれぞれの個性が宿り、ユニークな滞在を提供する。
「他にもNOT A HOTELからのリクエストで、浴室とサウナに2マス使い、非常に広い空間としました。通常であれば合理的ではないと判断しがちですが、それを実現するからこそNOT A HOTELでしょう。NOT A HOTELとの取り組みはいつも以上に設計者が試されます。その結果として、いま僕自身の中にあるものを純粋に提示することに繋がったように思います」
何より「NOT A HOTEL KITAKARUIZAWA MASU」は自然を堪能する器であり、楽しみ方を限定しない間口の広い提案だと片山氏は言葉を続ける。 「訪れるたびに、何かきっかけと発見を与える建築になると思います。NOT A HOTELのプロジェクトは、チームのみなさんとともにとてつもないリアリティを持って計画を進めていく。だからこそ完成前から具体的に語りかけてくるものがあるのでしょう。僕らのデザインもまた、それを十二分に発揮したいと思っています」
片山 正通
Masamichi Katayama
インテリアデザイナー/ワンダーウォール代表。片山正通率いるWonderwall®は、コンセプトを具現化する際の自由な発想、また伝統や様式に敬意を払いつつ現代的要素を取り入れるバランス感覚が国際的に高く評価されている。ブティックからブランディング・スペース、大型商業施設の全体計画まで、世界各国で多彩なプロジェクトを手がける。代表作に、NOWHERE (BUSY WORK SHOP® HARAJUKU)、外務省主導の海外拠点事業 JAPAN HOUSE LONDON、ユニクロ グローバル旗艦店(NY、パリ、銀座等)、THE TOKYO TOILET 恵比寿公園など。デザイン誌『FRAME』(オランダ)主催の「FRAME AWARD 2020」でLifetime Achievement Awardを受賞。「NOT A HOTEL HIROO」も手掛ける。 Wonderwall®︎公式HP:https://www.wonder-wall.com/
Japan House London
外務省主導のプロジェクトJAPAN HOUSEは、日本への深い理解と共感の裾野を広げるための海外拠点。「日本の美意識を正確に伝える」という全体指針のもと、展示や物販、飲食などのスペースを備えた大型施設で、世界の人々に日本の魅力を伝えることを目的とした。コンセプトは、「床の間」。掛け軸や花が変われば部屋全体の印象が変わるように、そこにあるモノ、起こるコトによって場の魅力が変化する、日本らしい独特の性質を持つ空間を目指した。 Photo:Atsushi Nakamichi (Nacása & Partners Inc.)
翠門亭
古都奈良においても特段に由緒あるエリア高畑。1923年竣工という歴史ある数寄屋造りの日本家屋を「翠門亭」という名の、1日1組限定の宿/会員制のカフェサロンに蘇らせるというプロジェクト。現代の視点からデザインの手を加えるにあたり、時間軸での対比に加えて、東/西という距離軸での対比を強く意識し、新たなバランスを模索する試みとなった。過去の文脈への深い理解をもとに、新しい文化を切り拓き、伝えていく場を目指した。 Photo: KOZO TAKAYAMA
THE TOKYO TOILET @ EBISU PARK
日本財団が渋谷区で実施する公共トイレプロジェクト「THE TOKYO TOILET」のひとつとしてつくられた、恵比寿公園内のトイレ。建築というよりも、遊具やベンチ、樹木といった公園に佇むオブジェクトとしての存在をイメージ。プリミティブで質素な佇まいだった日本におけるトイレの起源「川屋」の現代版として、コンクリートでできた15枚の壁をいたずらに組み合わせることで、トイレでありオブジェクトでもある“曖昧な領域”を構築した。 Photo : KOZO TAKAYAMA
Text: Yoshinao Yamada
Photo: Kanta Nakamura(NewColor inc.)