Vol.13
ビャルケ・インゲルス(BIG)
「NOT A HOTEL SETOUCHI」を手がけるのは、ビャルケ・インゲルス氏が率いるBIG(ビャルケ・インゲルス・グループ)。見る人を驚かせるユニークな建築を次々に発表し、世界各地で都市の景観をアップデートしている。科学者やエンジニアなど各分野の専門家とタッグを組んで、独自のサステナビリティに対するアプローチや社会問題の解決に取り組むことでも有名だ。デザインとイノベーションによるより良い世界の創造を目指し、建築家の枠を超えて活躍する彼をデンマーク・コペンハーゲンのオフィスに訪ねた。
このコラボレーションのきっかけとなったのは、2022年の夏にNOT A HOTELの問い合わせフォームに届いた一通のメッセージ。日本国内で徐々に話題を呼んでいたプロジェクトを見て、BIG側からNOT A HOTELへコンタクトがあったのだ。 「いくつかのプロジェクトを見て、彼らは何者なんだろうと気になっていました。通常のホテルとは違っていて、ある種の冒険心とクオリティへのこだわりを感じる仕事ぶり。NOT A HOTELは従来のホスピタリティに対して、よりモダンで多様な選択肢を提供しようとしています。ホテルとは何かという伝統的な価値観や星の評価基準など、既存の定義すべてに疑問を投げかける存在ではないでしょうか。そして、そんなNOT A HOTELらしい体験の一部として、建築やデザインもホスピタリティの大切な要素になるのではないかと考えたのです。そんな思いから彼らに連絡を取り、コラボレーションの提案をしました」
瀬戸内海に浮かぶ佐木島は、広島の三原港から高速船で13分。野菜や柑橘栽培が盛んな周囲12kmほどの離島で、約600人が暮らしている。敷地の印象についてビャルケはこう語る。 「瀬戸内海に浮かぶ群島は、まるで日本の伝統的な風景画のよう。豊かな緑に覆われた起伏のある島々のシルエットが海から現れる様子は、なんともドラマチックです。『NOT A HOTEL SETOUCHI』ができる佐木島の敷地も、それ自体が瀬戸内の景観の小宇宙のようなもので、起伏に富み、入り組んだ地形によって、遠くの眺めと目の前に広がる景色の関係性も見事です」
島の南西部、半島の先端に位置する3万平米を超える敷地を歩き、ヴィラや休憩所となるそれぞれの建物にふさわしい場所を見極めたという。さらに、土地への介入を必要最低限に留めるため、既存の道路や地形に沿ったデザインを考案。その結果として、「360」、「270」、「180」、「90」、そして「0」という、角度をモチーフにした建築が敷地内に点在するというアイデアが導き出された。
「デザインプロセスは、敷地に対してアイデアを押し付けるのではなく、敷地を訪れ、観察し、敷地を理解することにあったと言えるでしょう。この非常に特殊で特別な景観を生かし、どうすれば最適に過ごせるかを想像しました。日本の伝統的な建築の構造を90°、180°、270°、360°へとカーブさせたようなデザインです」 高さを抑え水平方向に広がる日本の平屋のように、周囲の景観を内部に取り入れることをメインコンセプトとし、基本的な建築のヴォリュームは極力シンプルに、開かれたひとつのオープンスペースになるよう設計されている。さらに上部にスカイライト(天窓)を取り入れ、プライバシーを守るとともに垂直方向の景観を生み出す。結果として建物のどの場所にいても水平、垂直のどちらかの景色がある空間が実現するという。外部に開かれた空間と内部に閉じられた空間をもつ建物では、開放的なパノラマビューとプライベートで親密な雰囲気を同時に味わうことができる。
「360」は小高い丘の頂上にあり、文字通り360°全方向を見渡すことができるヴィラ。反対に、中央には完全にプライベートな中庭を設けた。周囲の群島を270°見渡すことができる「270」は、中央の中庭一面に大きなプールを設け、外側とは異なるプライベートな空間で家族や仲間とサウナや焚き火も楽しむことができる。そして半島の先端にある「180」は、半島の尾根のような段差に沿って建ち、「大きなひと枠の窓にフレーミングされるのは、ほとんど様式化された日本の海と山の風景」とビャルケが語る眺望を誇る。「90」は入江のような少し親密な一角にある休憩スペースで「水辺とビーチの完璧にフレーミングされた景色」を望む、周囲からは隔離されたプライベートなビーチサイドテラス。最後に「0」は、船でアクセスするこの離島での体験の始まりとなる、桟橋を暗示しているという。
半島の先端に建設予定の「180」の模型とイメージ。
「日本は昔からの手仕事や品質を追求する姿勢が、今も日常に息づいている素晴らしい国。建築においても構造の正直さ、シンプルさ、素材の選択など、日本の伝統建築からデンマークのモダン建築は大いに影響を受けていると言えるでしょう。それだからなのか、日本に行くといつも家に帰ってきたような気持ちになります。予定通りに進めば、これが日本で最初に完成する私たちのプロジェクトになります。デンマーク流のシンプルさへの欲求と、日本の気遣いや完璧さ。この佐木島で実現しようとしていることは、両国の感性が融合したときに何が起こるかを示す、完璧な例になるはずです」 これまでに影響を受けた建築家として、シドニーのオペラハウスを手がけたことで有名なデンマークの建築家ヨーン・ウッツォンや、丹下健三の名前を挙げるビャルケ。 「安藤忠雄やSANAA、『NOT A HOTEL ISHIGAKI』 を手がける藤本壮介のような現代建築家からも影響を受けています。日本には素晴らしい現代建築家がたくさんいるので、外国人建築家を必要としていないかもしれません。そんな日本で建築をするために招かれることは名誉なことです」
ここでは、日本の伝統と最先端のテクノロジーが融合している点も興味深い。ラムドアース(版築構法)と呼ばれる土壁の内部には構造体を入れて強化した。 「建築は既存の地形に対する解釈から生まれたようなもので、建築素材はその土地に根ざしたものを使っています。今回採用したラムドアースの土壁は、この土地で掘削された土が材料。つまりこの場所の景観を固めたようなものなのです。そして太陽光発電の瓦屋根は、もちろん日本の伝統的な屋根をテクノロジーの視点から再解釈したものです」 家具にはビャルケ自身も自宅で愛用しているというデンマークのデザイナー、ポール・ケアホルムのものを多く取り入れている。 「抽象的な表現と考え抜かれた素材選び、そして構造的に表現された接合部。各要素の組み合わせ方はプロダクトデザインというよりも、ほとんど建築の域です。デンマークと日本のハイブリッドを表現するのに、ポール・ケアホルムの家具は最適だと思います」
世界各地でプロジェクトを抱え、コペンハーゲンをはじめ、ロンドン、バルセロナ、オスロ、ニューヨーク、ロサンゼルス、深圳、チューリッヒにオフィスを構えるBIG。ビャルケはまさに、NOT A HOTELが提唱する多拠点生活を世界規模で体現するような日々を送っている。 「多様な国の文化や自然に触れ、探究して理解を深める。そうして自分自身を教育する機会は、建築家として欠かせません。私自身はコペンハーゲンに加えて、ニューヨークで過ごすことも多いのですが、どこへ行っても自分の家にいるような感覚で過ごせることが重要だと思っています。スーツケースひとつで生活しているような感覚にならないようにね。その土地や風土、文化を取り入れているNOT A HOTELの物件は、どれもが個性的。しかし同時に、そこにはワクワクする非日常感や自分の家のような心地よさといった共通の価値観が流れていると思います」 BIGが手がけた日本で初めての完成プロジェクトとなる予定の「NOT A HOTEL SETOUCHI」。ここを拠点に、現代アートや豊かな自然環境で海外からも注目を集める瀬戸内エリアを巡ったり、島を散策したり。もしくは、どこにも行かずにこの場所で静かに過ごすというのも最高の贅沢だろう。
ビャルケ・インゲルス
Bjarke Ingels
オランダ・ロッテルダムのOMAに勤務した後、2001年にPLOT Architectsを共同設立し、2005年にBIG(Bjarke Ingels Group)を設立。数々の受賞歴のあるプロジェクトを通じて、コストや資源に配慮しながらも、プログラム的にも技術的にも革新的な建築物を設計することで高い評価を得ている。2011年のデンマーク皇太子文化賞、2004年のヴェネツィア・ビエンナーレ金獅子賞、2009年のアーバンランド協会(ULI)優秀賞などを受賞。2016年、TIME誌はビャルケを「今世界で最も影響力のある100人」の一人に選出している。建築家としての活動と並行して様々な大学で教鞭をとり、コペンハーゲンの王立芸術アカデミー建築学部では名誉教授を務めている。また、TED、WIRED、AMCHAM、World Economic Forumなどで講演を行うなど、パブリックスピーカーとしても活躍している。
LEGO Brand House
デンマーク南部、ビルンの街の中心にあるレゴハウス。21個のブロックを積み重ね、レゴブロックをそのまま拡大したような遊び心あふれる建築は、プレイゾーンやファンによる名作ギャラリーなど、子どもも大人も楽しめる体験型ミュージアムであると同時に、地域住民に開かれたスペースでもある。
Noma 2.0
“世界一のレストラン”として知られ、ニューノルディックキュイジーヌを代表する存在のノーマ。かつてデンマーク海軍が使っていた要塞を改装した店内は、キッチンを中心にした11棟の建物にレストランの機能を分散した。それぞれの建物はガラスのアーケードで繋がり、料理とともに季節や天候を感じることも体験の一部となる。
Google Bay View Campus
シリコンバレーに2022年オープンしたグーグルの新社屋。BIGとヘザウィック・スタジオとの共同設計で生まれた、「イノベーション」「ネイチャー」「コミュニティー」を軸にした最先端のワークプレイス。3棟の建物には5万枚のソーラーパネルを採用、2030年までにネットゼロ・エミッションの達成を掲げる。
Copenhill
2019年コペンハーゲンに完成した、ゴミ焼却所兼発電所。スキースロープやハイキングコース、クライミングウォール、環境教育拠点、カフェもあり、世界初のカーボンニュートラル都市を目指すコペンハーゲンの目標に貢献しつつ、BIGが提唱する「ヘドニスティックサステナビリティ(享楽的持続可能性)」を体現する。
Text: Sanae Sato
Photo: Maya Matsuura