Vol.08
元木 大輔(DDAA)
行きたい場所へ家と旅するモバイルハウス
「NOT A HOTEL ANYWHERE」を手がけたDDAA元木大輔氏に話を聞いた。
旅はトレードオフの意味合いが強い。どこへでも自由に行ける代わりに、最低限の荷物しか持ち運べない不自由があるからだ。でも、家と一緒に移動することができたら? そんな思い切った発想が起点となってつくられたのが「ANYWHERE」。デザインを手がけるDDAAの元木大輔は、キャンピングトレーラーの王様と評されるエアストリームと大型のスパルタンを大胆に改造し、1台ごとに異なる機能を持つ5つのモバイルハウスに仕立てた。
この「ANYWHERE」で元木が目指したのは、制約のない暮らしの実現。場所や時間といった物理的な不便からの解放はもちろん、社会生活を送るなかで凝り固まってしまった価値観を解きほぐしてくれるような思考を豊かにするアイデアも盛り込まれている。
「当然ですが、僕が何もしなくても、世の中はどんどん便利になっていくと思うんですよ。人間はみんな便利なものが大好きなので、徐々に住む場所や働く場所に制限されない暮らしが当たり前になっていくはずです。そうなったら、月曜日から金曜日まで都心で働いて、週末に都心を離れて趣味のサーフィンを楽しむといった仕事と休みの区切りはなくなっていくだろうし、場所や時間に依存しない仕組みづくりが未来の生活の豊かさにとって重要なテーマになると思います。でも、そういう生活を楽しめる人が増えていかないと結局は絵空事で終わってしまう。だからこそ、「ANYWHERE」のように理想と現実の間にあるギャップを埋めようという心意気のあるプロジェクトはとても重要だし、意義があることだと思います」
構想段階でNOT A HOTEL側から元木に提示した条件は、キャンピングトレーラーを使用すること、「ANYWHERE」をテーマにすることのふたつ。そこで元木は、従来のようにすべての機能を1台に集約するのではなく、1台ごとに役割を分散することを提案した。
「狭い空間にいろんなものを詰め込もうとすると、どうしても無理が生じるじゃないですか。ベッドは折り畳み式になるとか、トイレやお風呂が狭かったり、キッチンの匂いが部屋にこもって気になるとかって。だったら、それぞれを別にしたほうが豊かに過ごせる気がしたんです。加えて、必要に応じてトレーラーを選択できるのもいいなと考えました。組み合わせの数だけ正解があるというか」
今回のプロジェクトで実際に製造されたのは、2種類の寝室・浴室・書斎・スナックの5つ。マトリックスを組んで必要な部屋を選び抜いたという。リビングがないのは何か理由があるのだろうか。
「現代美術作家の西野達さんがマーライオンの周囲を囲って独り占めできるホテルの部屋をつくったことがありますが、それと同じようにトレーラーで囲んだ範囲が贅沢なリビングになればいいなと考えました。森も、湖畔も、山だって、目の前に広がる景色を自分の部屋にできる。捉え方次第でいろんなことができると思います」
「将来的に自動運転の機能が付いたら、書斎で仕事をしながら移動したり、クローゼットだけ旅先に送れたりできるかもしれないですよね」と元木は「ANYWHERE」の未来について展望を語る。その一方で「機能を分けたことが、いろんな苦労の始まりでした」と苦笑いも。実用化に向けてクリアしなければならない課題が様々に浮上したからだ。
「僕たちとしても初めてのことだらけで、予想外のことも多いんですよ。たとえばレギュレーションの問題。建築ではなく車として定義付けるために、車検を通す必要がある。当然、「大きな浴槽がある車両」という定義はないので、車検上のキャンピングトレーラーとして成立させながらデザインする必要があります。重量制限もありますし、オフグリッドのあり方を検証する際も前例がないので参照先すらないこともある。なので、何をどうすれば大丈夫なのかをひとつひとつ模索しなければいけなくなりました。設計の問題もそうです。建築は立地によって条件が定義されることが多いんですね。たとえば、フランク・ロイド・ライトの名建築『落水荘』は、大自然のなかにある滝の上に建っています。その「滝の上に建つ」という強烈な条件がいろんなことを決める際の根拠になる。でも、今回のプロジェクトは、移動することを前提にしてるので、敷地だけを根拠に決定することができません。一方で、ル・コルビュジエの傑作『サヴォア邸』のつくられ方「近代建築の五原則」のように、その場所以外でも最適化されうるユニバーサルなデザインが正解なのかといえば、疑問が生じる。場所場所で違う良い景色や特性を取り込める、フレキシビリティーさも求められているし、もう難題だらけです」
そう言って元木は建築模型を触る。プロジェクトが軌道に乗り始めても、最適解はないかと日々模索していく。
「一般的と言ったら語弊があるかもしれないけど、大きなプロジェクトほどコンセプトを決めるところから物事を始めますよね。その方がスムーズに進行できますし、計画的に正解なのはわかります。でも、特に今回のようにこれまでにない物をつくろうというプロジェクトの場合、最初にコンセプトを決め打ちしてしまうのは、落とし所を想定した予定調和なつくり方、つまり目的と矛盾しているとも言えます。まだ誰も見たことがないものをつくろうとしているので、当然そのプロセスではうまく説明できないポイントが多々あります。それをこねくり回していくと条件から導き出されたアイデアが1点に収束していくポイントが見つかって、ようやく最後にまとまっていくんです。プロセスの途中で発見したディテールの良いアイデアがコンセプトに影響を与えてしまうことだってあります。そのような細部とメタの往復によって、コンセプトから考え直すべきと思ったら、当然そうします。だから、コンセプトは最後まで決まらないんだけどな、と思いながらいつも取り組んでいるんです(笑)」
元木の実験的発想が遺憾無く発揮された「NOT A HOTEL ANYWHERE」。まずお披露目されるのはNOT A HOTEL AOSHIMAのビーチサイドから。その後、各地のNOT A HOTELを巡っていくという構想もある。実物を目にした際には、“自分だったらどうやって使うか”という想像を膨らませてみてほしい。それだけでワクワクが止まらなくなるはずだ。
NOT A HOTEL ANYWHERE
トレーラーとは思えないラグジュアリーな空間
それぞれ、十分なスペースを確保した2種類の寝室。「トレーラーのなかには壁を立てないことで広く、開放感を感じられるようになっていると思います」と元木。長期間の滞在でも不自由しない、くつろぎの空間が広がっている。
借景を楽しむ開放感あふれるワークスペース
「どこにどんな景色が来てもいいように、すべての車両において窓から下に機能を集約させることで風景への抜けを確保しています」と元木。採光や風通しも抜群だ。この空間なら仕事も大いにはかどる。青島では、海岸線を望める位置にトレーラーが設置されている。
檜風呂を備えた快適なバスルーム
1台まるごと浴室なだけに贅沢な仕様。一歩足を踏み入れると、豊かな檜の香りに包まれる。たっぷり汗を流したら、トレーラーを出て外気浴を楽しむのも良さそうだ。
扉を開けば、そこは大人の社交場
大型のスパルタンに作られたのは、バーカウンターと抑えた照明が印象的なスナック。少し酔いが回ってきたら、外に出て焚き火を囲み語らい合おう。そうすれば、その夜は特別なものになるはず。
元木 大輔
Daisuke Motogi
DDAA / DDAA LAB代表。1981年埼玉県生まれ。2004年武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業後、スキーマ建築計画勤務。2010年建築・デザイン事務所DDAA設立。2019年実験的なデザインとリサーチのための組織DDAA LABを設立。2021年第17回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展参加。著書に「工夫の連続:ストレンジDIYマニュアル」、「Hackability of the Stool スツールの改変可能性」がある。
HIROPPA
長崎県波佐見町の伝統工芸品である「波佐見焼」のブランド・マルヒロが、波佐見焼を通して繋がったアーティストと共につくる公園。1,200坪の広大な敷地には、様々なアーティストがデザインした遊具やマルヒロの直営店、そしてキオスクやカフェなども併設されている。また、車椅子でも一周できるバリアフリーの通路も園内に敷設。誰もが楽しめる空間を目指している。今後は周辺へと範囲を広げていく予定だという。
Photo:©Kenta Hasegawa
Daisuke Motogi / DDAA LAB Exhibition Hackability of the Stool
アルヴァ・アアルトが1930年代にデザインしたアルテックの「Stool 60」は、モダニズムを代表する傑作のひとつ。スツールの典型として今日まで知られている。それを逆手に取り、本来備わっていない機能を追加することでテーブルやベンチへと生まれ変わらせ、このマスターピースの改変可能性を提示したのが本プロジェクト。2020年にInstagramで公開し、2021年には中国・杭州、2022年には京都市京セラ美術館で実際の展覧会を行った。2023年は、4月15日~23日にイタリア・ミラノ、6月12日~18日にスイス・バーゼル、9月16日~24日にイギリス・ロンドンでの巡回展が予定されている。
Photo:©Kenta Hasegawa
Text: Kodai Murakami, NOT A HOTEL
Photo: NewColor inc