Vol.04
中村 圭佑(DAIKEI MILLS)
浅草寺から徒歩数分の道路沿いに佇む一棟ビル。一見すると何の変哲もないこの古びた建物こそ、NOT A HOTELのオーナーが利用できるCLUB HOUSE「NOT A HOTEL ASAKUSA」にほかならない。扉を開けると眼前に広がるのは、外界と隔離された非日常の世界。3層吹き抜けの空間を螺旋階段と音楽がつなぐ。ここはオーベルジュで、多くの美食家を唸らせてきた中華の名店「桃仙閣 東京」を手がける林亮治シェフが1日1組限定で腕を振るう。
空間デザインを担ったのは、「CIBONE」や「Artek Tokyo Store」などの商業空間から「avex」や「Takram」といった企業のオフィスまで、さまざまに手がけてきたDAIKEI MILLSの中村圭佑。なかでも2020年から始めた「SKWAT」では、都市の遊休施設を一時的に占有し、様々な手法を用い一般へ解放する運動が大きな話題に。
「最近は先に建物だけつくって、後からテナントを探すことが増えています。でも、本当は逆で、先にどんな場所にしたいかという理想があって建物がつくられるべきだと思うんです。だから、できるかぎり既存の仕組みに抗っていたいんですよね」と昨今の建築業界を取り巻く状況から距離を取りたいと語る。そんなインディペンデントなスタンスを取る中村が、築57年の歴史ある建物に新たな息吹をもらたした。
「僕たちは常日頃から可能性を秘めた空間に目を向けており、あるとき見つけたのがこの建物でした。中心にそびえている螺旋階段の雰囲気がすごく魅力的に思えて。この土地の貸し主は代々続く店舗の姉妹で、先代が亡くなったことをきっかけに家業を畳み、借り主を探していたところだったんです」
親交を重ねるうちに、この場をNOT A HOTEL ASAKUSAに生まれ変わらせることが承認された。「娘さんたちは自由にやってと言ってくれるけど、内心はどんな場所になるのかをすごく楽しみに待ってくれているはず。彼女たちの想いにも応えたい気持ちがあります」と中村はちょっとした緊張感を覗かせる。
そうした期待を受けて中村が目指したのが新旧の融合。建物の基礎だけを利用してまったく別の空間に刷新するのではなく、もともと存在していた意匠を引き継ぎつつ、新たな要素を加えていくことを選択した。
「螺旋階段はもちろん、窓枠なんかもそのまま使う予定です。あと、先代が愛用していたスピーカーやレコードなんかも譲り受けようと考えていて。ほかにも魅力的な調度品がいくつもあるので、うまく活用したいんですよね。最近は『サステナブル』という言葉を耳にする機会が増えましたが、わざわざ言葉にしなくても、こうやって引き継いでいくことで体現できるじゃないですか。それを示すことにもなる気がします」
螺旋階段によって1階から3階までがシームレスにつながった構造。階を上がるごとにオーナーのプライベートな空間へ近づいていくこともあり、集った人々の親密度も少しずつ増していく印象がある。そうした濃い時間を過ごすことにラグジュアリーの本質があるのではないか、と中村は考える。
「多くの人が想像するラグジュアリーって、見た目が豪華できらびやかなものだと思うんです。でも、東京にはありふれているじゃないですか。そういうものを求めるのであれば、新たにつくらなくてもいい気がして。僕が理想とするのは、時間を過ごすことで心を豊かにしてくれる場所。この大都会で暮らしていると喧騒から離れたくなることがあると思うんですよね。そんなときにホッと一息つける秘密基地のような空間が、このNOT A HOTEL ASAKUSAなんです」
中村は、この空間をデザインする際に「自分が住みたいと思えるか」を特に大切にしたという。大切な人たちと何時間も過ごす場所だからこそ、肩肘張らずに居続けられるような工夫を凝らしたい。その想いを詰め込んだ。
「たとえば高級レストランってすごくプレミアムな体験ができるんですけど、気疲れするシーンも多いと思うんです。僕はそれがちょっと面倒で。むしろ、赤提灯のお店のほうが遠慮することも少なくて、何時間でも大笑いしながら座っていられる。そんな場所を目指しました。ホテルというよりは自宅にいるような、洗練されすぎないからこその居心地の良さがあると思います」
完璧を求めている人にとってはやや物足りないかもしれない。しかし、それすらもNOT A HOTEL ASAKUSAの魅力なのだと中村は説明する。空間ができあがっただけでは未完成。この場所がどんな意味を持つようになるのかは、まだ明確には定まっていない。
「空間の良さって、最終的には人によって定まると思うんですよ。一般的なホテルは100点の状態でオープンして、経年とともに劣化していきます。でもNOT A HOTEL ASAKUSAはその逆で、70点くらいからスタートして、ここを訪れる人たちと一緒に少しずつ価値を積み重ねていければいいなと考えています。もしかしたら、ちょっとしたはずみでできたヘコみや傷がマイナスに作用するのではなく、誰かに話したくなる逸話になるかもしれない。そんな物語を紡いでいける場所になってくれたら嬉しいですね」
NOT A HOTEL ASAKUSA
1階
来賓を非日常に誘うエントランス
この日の食事に招かれた人たちが集う。「ここはサロンとして利用されることを想定しています」と中村。歴史ある建物を改装したNOT A HOTEL ASAKUSAが醸し出す佇まいを五感で感じ取ることができる。ほどよい緊張感が漂うなかで食前酒を飲みながら、それぞれの近況などについて雑談するといいだろう。
2階
大人数で賑やかに食事を楽しめるダイニング
螺旋階段を登った先に見える大円卓には、最大10人まで着席できる。林亮治シェフがこの日のために準備した珠玉の中華に舌鼓しながら大いに歓談してほしい。「実はまだどんな料理が食べられるのか詳細を知らないので、僕自身もすごく楽しみにしています」と中村は期待を寄せる。
3階
食事の余韻に浸りながらくつろげる居間
食後のひとときをゆったりと過ごすために用意された憩いの場。ここに辿り着く頃にはお互いの緊張もほどけて、かなりリラックスした状態で会話を楽しめるようになっているはず。時間の許すかぎり親睦を深めたい。
料理
その場の雰囲気によってメニューが決まるディナー
「中国料理を主体に、オーナーのリクエストに応じて多様な料理を提供していきたい」と林 亮治シェフ。大人数で食べることを想定して、普段は提供できない食材も使っていきたいという。ここは彼にとっても新たな挑戦の場というわけだ。ちょっとしたわがままも、多少は許される!?
中村 圭佑
Keisuke Nakamura
DAIKEI MILLS代表。1983年生まれ。CIBONE AOYAMA、6(ROKU)、Artek Tokyo Storeなどの商業空間からavex、Rocket Company、Takramなど錚々たるクリエイティブ企業のオフィスまで様々な空間デザインを手掛ける。2020年からは都市の遊休施設を一時的に占有し、一般へ解放する運動「SKWAT」をスタートさせた。
CIBONE
かつてDAIKEI MILLSが手掛けた「CIBONE Aoyama」から2020年に移転して生まれた。「引っ越し」をテーマに、旧店舗で使用していたサインや什器、壁などを引き継いで空間を形成している。同フロアには、スキーマ建築計画が設計した「HAY TOKYO」や、Puddleが手がけた「ダンデライオン・チョコレート表参道店」があり、複数の設計チームが競演しているのも特徴のひとつ。
玉川堂
「GINZA SIX」の4階にある、新潟県の燕三条で200年の歴史を持つ鎚起銅器の老舗。21人の職人が1枚ずつ鎚目を打った銅板を内装に施しているほか、職人が鎚で銅板を叩く音をBGMとして使用するなど、日本の伝統技術を引き継ぐ人々のこだわりが随所に垣間見える空間に仕上げた。ここでは大鎚目や茶器などの定番商品はもちろん、コーヒーポットやフラワーボール、ビールカップといった革新的な商品も取り揃えている。東京では唯一の店舗。
SKWAT/twelvebooks
都市の遊休施設を一時的に占有し、一般へ解放する運動「SKWAT」の第4弾。南青山のみゆき通り沿いにある「ザ ジュエルズ オブ アオヤマ」の一角を舞台に、アートブック専門のディストリビューター「twelvebooks」とタッグを組んでアートブックを販売した。「小売でもあり倉庫でもありバイヤー向けの問屋でもある」といった形式的ではない運営システムを作り、従来の「お店」という定義に対して新しい在り方を示した。
Text: Kodai Murakami
Photo: Tetsuo Kashiwada