Vol.03
大堀 伸(GENERAL DESIGN)
NOT A HOTEL AOSHIMAを手がけた建築事務所「GENERAL DESIGN」の大堀伸は、控えめな建築家だ。ウェブサイトには住宅からホテル、商業施設まで、これまでに手がけたさまざまな建築が並ぶが、その設計意図を言葉で説明することはせず、写真のみが並ぶ。どんな仕事でも自分の作家性を主張することはなく、他者とのコミュニケーションと化学反応を大事にしながらクライアントと並走していく。
「こだわりはないんですよ」。軽やかにそう口にしながらも、その物静かな建築家がつくる空間には確固たる美意識がある。そんな彼が建築をつくる際に大事にするのは、細部よりも「豊かな時間を過ごせるかどうか」というより大きな概念だという。
「僕って、アパレルのお店やレストラン、住宅やホテルなどいろいろやってきていますけど、結局すべてに共通してやってるのは、いかに人がそこにいて居心地がいいのか、豊かな時間を過ごせるかということだけなんですよね。だから『ここはでこういうことをやりましょう』みたいなことは主張せずに、たくさんの居場所がある空間をつくることで、そこで過ごす人のことをさりげなく後押したり、そこでの時間をより楽しめるようなことくらいしかデザインしていないんです」
豊かな時間をデザインするのは、その空間で人がどんなふうに過ごすかを想像することから始まる。「自分だったらここで何したいかなって、やっぱり思うじゃないですか」。NOT A HOTEL AOSHIMAではそんなイメージを膨らませながら、大きなテラスとプールで家族や友人をもてなすことのできる「青島の家」、いい波が来たらすぐに海まで飛んでいける「波待ちの家」、海を一望できるプライベートな庭を持つ「海と庭の家」、喧騒から離れて広がる海の景色夕暮れを楽しめる「水平線の家」の4つの家のコンセプトが出来上がった。もともとの計画ではすべて平屋だった建物に2階の部屋をつくったのは、「2階からの眺めが見えたほうが『豊か』ですよ」という大堀の提案があったからだ。
「こだわりはない」と言いつつも、シームレスにつながったリビングと寝室や広々とした回遊性のある廊下など、4つの家にはところどころに「ただの住宅」にしないためのさり気ないアクセントが施されている。とりわけ工夫したのは、青島の家のテラスに面した4メートルのサッシだ。一見すると、通常よりも少し高いだけのサッシに見えるかもしれないが、実際に体験すれば圧倒的な開放感を味わうことができるだろう。
「いつもそんなに奇抜なことはやらないんですけど、どこかに“毒”は入れたいと思っているんです。もしかしたら誰にも気づかれないかもしれないけど、自分のなかではうまく毒が入ったかどうかを考えている。この4メートルのサッシは、ちょっとした毒になるのかなと思いますね」
「風が大好きだ」と語る大堀の手によって、4つの家はたくさんの自然光が入り、からっと風が抜けていく、どこまでも気持ちのいい空間に仕上がった。それと同時に、大堀ならではの“毒”が入ることで、NOT A HOTEL AOSHIMAには日常とは少し違った佇まいも生まれている。
「そこで時間を過ごす人が、新しい気付きや発見を得られて、その人の生活が刷新されていく。そういうものができたらいいなと思いながら、いつも設計をしてるんです」と大堀は言う。「そういう意味ではNOT A HOTELも、住む人にインスピレーションを与えるような空間であったらいいですよね。ただ家としてまったりしちゃうだけじゃなくて、ホテルとしての非日常的な側面も持っていて、それらが同居してる──そんなバランス感覚のある空間になると思っています」
MASTERPIECE
圧倒的な存在感で広々と佇む青島の家
海を最も美しく見せる緩やかな段差
「あくまでテラスがメイン。それに対して寄り添うコテージを構成するようにデザインしたんです」と大堀が語る青島の家の魅力はやはり広がるテラス。
またここでは、海の景色をもっとも美しく見せるために、テラスやリビングダイニングのフロアレベルを段々と高く調整している。「この2~3段が、プールと緩やかにつながる海の水平ラインを美しく見せています」
SURF
10秒で海に辿り着く波待ちの家
波乗りのために作られた時別な間取り
海辺のホテルは多くても、海側からそのまま部屋に入れるホテルは珍しい。「海沿いのリビングはありきたり。あえて一番海に近い場所にテラスと出入り口を設け、さまざまな過ごし方の選択肢を設けました」と、大堀は波乗りのために最適化された間取りの制作プロセスを振り返る。
GARDEN
海辺にふたつの庭を持つ海と庭の家
海を望む特等席の書斎
「最も眺めの良い場所に、あえてリビングではなく書斎を配置しています」と大堀が語る「海と庭の家」は独立した個室の書斎が印象的。書斎からは広い庭ごしに海の揺らめきを眺めることができる。
CHILL
喧騒から離れて海を眺める水平線の家
どこまでも見渡せるリビングダイニング
75平米の見晴らしのよいリビングダイニングについて、「端から端まで見通せる奥行き感をつくることは、実は最初から決めていたんです」と大堀は言う。サウナも含め、全室、海が見える構成もポイントだ。
水回りや通路に至るまで、一つひとつひとつの面積を通常より広く設けた設計もその開放感を助長する。30平米を有する広い水回りについて大堀は、「水回りが狭いと、急に住宅感が出てしまう。ここでは必要以上に広く設けた水回りによって、日常と非日常の間のバランスをうまくとっているんです」と語る。
大堀 伸
Shin Ohori
ジェネラルデザイン代表。商業施設や戸建住宅などの建築設計から、アパレルや飲食店のインテリアデザインまで、ジャンルを固定することなく手がけている。直線的でシャープなデザインと手の痕跡が残るクラフト感の融合が特徴的。主な仕事に大磯プリンスホテルサーマルスパ S.WAVE、Saturdays NYC東京ショップ、ログロード代官山、Spring Valley Breweryなど
Saturdays Surf Daikanyama
クラシカルでモダンなウェア、サーファー向けのウェアなどを展開するニューヨーク発のアパレルブランド。ニューヨークに続いて、2012年3月に日本1号店を代官山にオープン。ストリートカルチャー、サーフカルチャーを愛する人々に強く支持されている。ファッションアイテムのほか、サーフ関連グッズやサーフギアも取り扱っている。代官山のほか、大阪、神戸の店舗デザインも手がけている。
Photo : Daici Ano
LOG ROAD
2015年にオープンした代官山の商業施設。かつて東横線が走っていた全長220mの線路が地下化されたことにともない、その跡地に5棟の商業店舗や散策路を設計。各所に点在するテラスやベンチ、たくさんのグリーンによって、公園のような雰囲気をもつ商業空間が生まれた。また植物には時間の経過とともにシルバーグレーに色が変わるレッドシダーを用いることで、経年変化によってさらに魅力を増していくような空間を提案した。
Photo : Daici Ano
Text: Yuto Miyamoto
Photo: Tetsuo Kashiwada