Vol.01
谷尻 誠(SUPPOSE DESIGN OFFICE)
吉田 愛(SUPPOSE DESIGN OFFICE)
齊藤 太一(SOLSO)
──この那須という土地の魅力をどんなふうに感じていますか?
齊藤:那須は植生が豊かで、もともとあった自然と、牧場としてつくられた状況とのバランスが魅力です。すでにある植生のスケールに負けないよう、今回のプロジェクトでは、白樺を主軸とした大胆なランドスケープを計画しています。白樺は「森の父」と言われていて、幹が白くきれいな形しています。坂道を登ってNOT A HOTELに向かうとき、徐々に建築物が見えてくるわけですが、まず最初に白く美しい幹と爽やかな緑が見える、というストーリーがいいなと思いました。
吉田:この案を齊藤さんから見せてもらったとき、すごく感動しました。NOT A HOTELに向かいながら隣接する木が徐々に見えてくる情景が、立体感にすぐイメージできました。建物につながる道も今回の設計に入っていたので、建築とランドスケープは分けて考えず、全体像として捉えていきましたね。齊藤さんとも最初の段階から連携して計画を進めることができました。
谷尻:齊藤くんのように建築の理解度が高いランドスケープデザイナーは、建築家的な視点で提案をしてくれるので、絶大なる信頼がありますよね。
吉田:SUPPOSEでは自分たちでランドスケープまでやっていた時期もありました。造園家の人はたくさんいても、「ランドスケープデザイナー」という職業の方を聞いたことがなくて。うっかりイメージが違う仕上がりになるのが嫌だから、自分たちでやっていたんです。でも、自分たちでやると自分の想像を超えない。協業することで想像を超えたものを提案してもらえるし、思いがけないよさが生まれると思っています。
──お互いにインスピレーションを受け合っていることがあれば教えてください。
谷尻:NOT A HOTELの敷地に行ったとき、齊藤くんがポプラの木を指して、「この木は風が吹くと音が鳴ってきれいなんだ」と言っていたのを覚えています。とてもいいなと思いました。見えないけどそこにあるものが、その場所の大事な要素になったりするものです。「この音、家の中で聞けたら気持ちいいな」と想像が膨らみました。
齊藤:光のバランス、自然の切り取り方、内と外の関係性のつくり方など、おふたりの建築はある意味ランドスケープ的だと思います。ただシームレスであればいいわけでもないし、光がさんさんと降り注ぐ部屋であればいいわけでもない。
──齊藤さんが考える、理想の「ランドスケープ的」な空間とはどんなものでしょうか?
齊藤:僕は普段から、「圧倒的緑」を意識していて。22年ほどこの仕事をしていますが、いまはもう、とにかく緑でいっぱいにしたい。最近はやはりサステイナブルがブームで、それを実現させる仕組みや循環のつくり方について、毎日のように向き合っています。でも、「環境」という名の人間のエゴにさらされている、と思う局面もあって。あまり自然をデザインしすぎたくないし、アスファルトやコンクリートで地面を埋めずに、地球が呼吸できるように緑でいっぱいにしたい。
谷尻:齊藤くんが言う「緑でいっぱいにしたい」というのはとても自然な行為ですよね。建築をつくる行為はどこかで自然を破壊する行為でもあるので、そこは意識を持ちたいなと思います。
吉田:福江島で古い3階建ての建物を解体して、SOLSOさんに植物を植えてもらったことがあります。福江島は暖かい土地で、南国のような植生なんですね。海に近いところに色あせた建物があって、植物とのコントラストがうまくマッチしていて。サッシがあったところを取って開口部をつくり、内側にセットバックさせて座れる場所を設け、そこに植物を植えました。人間の居場所をつくるだけでなく、植物のための空間でもあるような、両方が同居している感じがいいなと思いました。自然というものが、空間をつくるうえで協業してくれているイメージです。
谷尻:「飯能の家」という別荘をつくったときに、植物もひとつの建築のマテリアルだという文章を書きました。カタログで選ぶ材料だけでなく、植物たちも建築の要素と捉え、建築も自然の一部であるような関係性がいいと思っています。植物で覆われたときが、建物の完成形なんじゃないかな。
──“建物の完成形”という言葉が出ましたが、みなさんは時間の経過やエイジングについて、どのように考えていますか?
谷尻:植物は植えたときではなく、時間が経って本当の姿になります。パースを見ると、つい「これができるんだ」と思いがちだけれど、もっと先がゴールだと思ってもらえるほうがいいですね。僕らは、できたてほやほやみたいなつくり方はあまりしません。完成したときからエイジングされているかのような、新築に見えないものがいいと思っている。新築で竣工した瞬間にいちばん価値があってそこから劣化していくというよりも、ゴールはもっと先にあるものだと思っています。
NOT A HOTELの建築にも、さびが進行することで味になっていく素材など、時間とお付き合いできて、エイジングも楽しめるような材料を選ぶようにしています。これは、植物が成長するのと近いんじゃないかな。“お化粧”をするようなつくり方も、どこか時間に対して抵抗しているような行為になるので、極力しないようにしています。塗装禁止、彩色禁止と社内ではよく言っていますね。
齊藤:僕も同じで、もとからあったようなものをつくりたいんですよ。元々自然があって、そこに建てさせてもらっている感覚を大事にしたいですね。
僕は、コントロールしなければいけない庭があまり好きではありません。バッキンガム宮殿やベルサイユ宮殿が極端な例ですね。剪定なんかせず、伸びっぱなしがかっこいいと思うこともあります。もちろん多少の管理は必要ですが、那須には多様な自然があるので、時間が経てばさまざまな新しい芽が出てくるでしょう。そうすると、最初は人間がつくったものでも、いずれ豊かな自然になっていくはずです。白樺も育ち、新しく生まれた生命も育ったときに、建築を覆いかぶすような森と建築の関係が出来上がってくればいいなと思っています。SUPPOSEの本物素材を使った建物のエイジングと森がよい感じに共存して、NOT A HOTELは長く愛されると思います。
吉田:ここは季節によって全然風景が違うのもいいですよね。植物がずっと変わり続けるから完成がない、絶えず更新されている感じがあります。
──このNOT A HOTEL NASUで、滞在する方にはどんな時間を過ごしてほしいですか?
齊藤:これだけの自然があるので、ここではまず、自然に身をゆだねてほしいと思います。自然にある情報量はとても多く、葉っぱの色や形は全部それぞれ違いますよね。人間がつくったものなんてたかが知れていて、石ころ1個のほうがよっぽど情報量があるわけです。自然に囲まれると、情報量が多く脳がフリーズしてしまいますが、僕にとってそれが、リラックスできる瞬間なんです。
谷尻:2000年に自分で事務所を始めて、去年で20年経ちました。正直20年間、不安でずっと走っていた気がするんですよ。余裕ができそうになったら何かしないといけない、何かで埋めて、とにかく走って忙しくしていることで自分の不安をずっと埋めようとしていた気がします。
最近になってやっと、サウナやキャンプで自然に身を置くようになって、立ち止まって考えれるようになりました。いままでは走りながらずっと考えていたけれど、1回ちょっと立ち止まって何もしない時間を設けることで、違う走り方ができるようになったというか。ここは、そういうことができる場所なんじゃないかと思います。立ち止まることが、その後に頑張るためのエネルギーになるはずです。
齊藤:NOT A HOTEL NASUの敷地は、16万坪で東京ドーム11個分あるんですよね。エリアによって特徴は全部違います。エリアによって過ごし方を変えられるホテルって、あまりないですよね。不便を楽しめる場所もあれば、プールや焚き火、サウナも楽しめる。
吉田:住宅とホテルが分かれていないことも含めて、境界をつくらないことが新しくもあり快適なポイントなんじゃないかなと思います。
谷尻:贅を尽くした最高級のラグジュアリーもあるし、外でたき火をしながらお酒を飲むラグジュアリーもあって、どっちが上とか下ってないじゃないですか。自分の心境によって選べることが価値なのかなと思います。人によって違う価値観のよりどころや、自分の心境にあった豊かさを見つけられる。それを選べることが、素晴らしいことだなと思うんです。
谷尻 誠
Makoto Tanijiri
2000年建築設計事務所SUPPOSE DESIGN OFFICE設立。2014年より吉田愛と共同主宰。広島・東京の2ヵ所を拠点とし、インテリアから住宅、複合施設まで国内外合わせ多数のプロジェクトを手がける傍ら、穴吹デザイン専門学校特任講師、広島女学院大学客員教授、大阪芸術大学准教授なども勤める。近年「絶景不動産」「21世紀工務店」 「tecture」 「CAMP.TECTS」 「社外取締役」 「toha」 「DAICHI」をはじめとする多分野で開業、事業と設計をブリッジさせて活動している。
吉田 愛
Ai Yoshida
2001年からSUPPOSEDESIGNOFFICE にて谷尻誠と共に建築設計業務に携わる。2014 年SUPPOSE DESIGN OFFICE Co.,Ltd.を設立し共同主宰に。インテリア、住宅、複合施設などのプロジェクトを手掛けるとともに、インスタレーションやプロダクト開発、各プロジェクトのグラフィック、アートなどのディレクションや空間スタイリング業務も自らで行う。2021年、新たに空間プロデュースやスタイリングを事業の核とする「etc Inc.」を設立。設計の傍ら「社食堂」「BIRD BATH KIOSK」「絶景不動産」などの事業を展開し、さまざまな分野の領域を横断しながら活動する。
House T
2020年に完成した、谷尻が自ら設計した自邸。照明を抑えることで、NOT A HOTEL NASUでも提案した「暗さ」のある空間を実現。荒々しい質感のコンクリートに囲まれた100㎡の空間にはほぼ仕切りはなく、「洞窟のような場所」が完成した。空調は用いず、夏は天井に配したパイプに冷水を通し涼を、冬は床下に温水を流し暖炉の火で暖をとる。谷尻が幼少期を過ごした町家の原風景を、現代の技術によって心地よく再現したような空間が生まれた。
Photo : Toshiyuki Yano
千駄ヶ谷駅前公衆トイレ
首都高速道路高架と地下鉄国立競技場駅の間に位置する、まったく新しい公衆トイレ。高さ7.5mのコンクリートの立方体から成り、4周の外壁は50cm浮いている。この「大きな気積と浮いた壁」により、従来の公衆トイレがもつ閉塞感や不安感といった印象を払拭。屋根のスリットから差し込む光は、季節や時間帯によって異なる顔を見せる。また洗面は男女が共有できるよう中央に配置するなど、多様性を尊重する現代の価値観も体現している。
Photo: Kenta Hasegawa
齊藤 太一
Taichi Saito
高校在学中から独学で造園を始める。都内の園芸店を経て、 2011年 株式会社DAISHIZEN設立。自然と建築と人との調和を目指した造園を得意とし、建築のコンセプト段階よりプロジェクトに参画。有名建築家と様々なプロジェクトを多数進めている。グリーンディレクションやランドスケープデザインなど植栽の第一人者として多くの案件を手がける。最近はグリーンに関わるブランディングやコンサルティングなど幅広く活躍。
白井屋ホテル
群馬・前橋で江戸時代に創業し、約300年の歴史を持ちながらも2008年に廃業した白井屋旅館。この場所に、新たに「SHIROIYA HOTEL」が2021年12月12日に開業。藤本壮介が設計し、多数のアート作品が館内を埋める。まるで丘のようなグリーンタワーは、わずか8室の客室のみで構成された。丘を登るように階段を上がるとサウナがあり、そのさらに上、頂上の小屋には宮島達男の作品が展示される。
Photo : Shinya Kigure
GYRE.FOOD
神宮前〈GYRE〉に約1,000平米の大規模で誕生した〈GYRE.FOOD〉は、「食の循環」をテーマにしたレストラン、バー、セレクトショップの複合スポット。床にも壁にも土を塗り込めた巨大な空間に、わさわさと自由に生い茂る緑。木々に囲まれた森の中のような場所で楽しそうに食事をするグループ、大木の切り株のようなスツールでコーヒーを飲みながら読書をしている人。いろんな人がいろんな過ごし方で楽しめる。
Photo : DAICHI ANO
Text: Mariko Sugita
Photo: Tetsuo Kashiwada