
NOT A HOTEL DESIGN COMPETITION 2026
NOT A HOTELは、「世界中にあなたの家を」というコンセプトのもと、旅と暮らしの境界を越える体験をつくり出そうとしている。舞台として選ばれる土地は、どれもその場所にしかない圧倒的な風景と物語を宿している。「NOT A HOTEL DESIGN COMPETITION 2026」の候補地となる屋久島もまた、日本の自然が凝縮されたような特異な環境と、悠久の時を刻む文化をあわせ持ち、建築はその巨大なスケールの只中に身を置くことになる。本記事では、屋久島という土地の特性について解説する。

鹿児島県の最南端、九州本土から南へ約60kmに位置する屋久島。面積約504平方キロメートルと東京23区より一回り小さく、周囲約130kmほどの円形に近い島だ。1993年には日本で初めてユネスコの世界自然遺産に登録され、「生態系の多様性」と「卓越した自然美」の双方を満たす稀有な存在として、国際的にも高い評価を受けている。特に「自然美」が評価された自然遺産は、日本では屋久島をおいて他にない。 「現地を訪れた時、非常に多様な生態系の広がり、自然の驚異的な繁茂能力やエネルギーを感じました。一年を通じて四季毎に表情を変える、とても魅力的な自然環境です。また、猿や鹿などの野生動物が過ごしているエリアに行きましたが、我々が近づいても逃げないんです。動物たちや植物が自由気ままに生きているところに、人間がお邪魔しているような感覚になる、圧倒的な自然を感じられる場所です」(NOT A HOTEL ARCHITECTS / 「NOT A HOTEL YAKUSHIMA」プロジェクトマネージャー・櫨 広樹) 圧倒的な自然環境の一因は、島の地勢に由来している。きわめて起伏に富んでおり、平地はごく限られ、沿岸部に集落が点在するほかは急峻な山地が島の内部を占める。九州最高峰の宮之浦岳をはじめとして、1800m以上の山々が連なる高地は九州の中でも特に高低差のある地形となっている。標高に応じて気候帯と植生が変化し、海岸線近くの亜熱帯性植物から山頂付近の亜高山帯の針葉樹林まで、一つの島に日本列島全体の植生が凝縮されている。 具体的には、海岸のガジュマルやソテツ、山腹のスダジイやツバキ、さらに高地のヤクスギやモミ、ツガに至るまで、垂直的な分布の変化が極めて明瞭に感じられる。屋久島は別名「洋上のアルプス」とも呼ばれるが、それは垂直分布の多様性に由来している。

「屋久島は月のうち、35日は雨」。これは林芙美子が小説『浮雲』のなかで記した、屋久島の気候についての非常にユニークな表現だ。実際、年間平均降水量は平地で4500mm(山間部は8000〜10000mm)あり、これは日本全国の平均降水量の2倍を遥かに超える量となっている。豊富な雨が島全体に水資源をもたらし、苔むす森や数々の滝を育み、豊かな植生を支えている。 島の南北で高々40kmほどの距離でありながら、地域によって降水量に違いがある。敷地のある南部は晴れが多く、東部は雨が多い。これは中央に聳える八重岳の影響によるもので、湿った北西の風が山にぶつかり南に抜ける頃には乾燥して晴れをもたらすからだ。本州の日本海側と太平洋側の気候の関係が、ひとつの島の中で起こっているダイナミズムを感じる。 一方、自然にとっては恵みであっても、人間や建築にとっては良いことばかりではない。高い降水量に加えて付近は台風の通り道でもあるため、風雨が続きやすい。つまり、建築の計画において屋久島の気候は非常に重要なポイントとなる。しかし、これは必ずしもネガティブな要素ではなく、逆に雨を有効活用する契機にもなり得るだろう。 「雨が多いというのはとても大きな要素だと思います。通常、雨はネガティブに捉えられがちですが、ポジティブなものに変換できればかけがえのない体験になるはずです。例えば、雨を外に流すのではなく集約して滝をつくればひとつのコンテンツになります。ぜひ、応募者の方々には雨が楽しみになるような建築にチャレンジしてもらいたいですね」(櫨)

屋久島の自然に、人々はどのように向き合ってきたのだろうか。例えば天然林は一見手付かずに見えるが、実は人々の営みと共に変化してきた。昭和期には過剰伐採の時代があったが、その後国有林としての管理や保護政策が徹底され、いまでは「ヤクスギランド」や「白谷雲水峡」など、保護と観光を両立するエリアが整備されている。こうして屋久島の自然は「守られながら開かれる」という独特のかたちで継承されてきた。 生活に目を向けると、豊富な降水量と急峻な地形を活かした水力発電が早くから整備されており、現在では島内電力のほぼすべてをまかなっている。年間を通じて多雨な気候は安定した水量を確保し、標高差の大きい河川が効率的な発電を可能にしているからだ。日本でも数少ない「電力自給」に近い地域となっている。この循環的な仕組みは、自然と共生する暮らしの象徴ともいえる。 自然との変わりは、島内に残る伝統的な家並みからも感じ取ることができる。花崗岩の石垣や屋久杉材の外壁は、暴風や多雨に耐えるための工夫であり、過酷な自然環境と共生する知恵を今に伝えている。こうした自然と人の関係性が、屋久島の景観として現れている。 ※ただし、今回のコンペでは形式を必ずしも踏襲する必要はない。 自然体験とセットの観光名所も整備されている。縄文杉や白谷雲水峡の原生林トレッキングのほか、モッチョム岳からの絶景、千尋の滝・大川の滝といった豪快な瀑布群も見逃せない。さらに海岸線に目を向ければ、ウミガメの産卵で知られる永田いなか浜や、ダイビング・カヤックといったマリンアクティビティも充実しており、山と海の魅力を一挙に楽しめる環境が整っている。

今回の敷地は、山の中腹の斜面地に位置する。海側に計画中の「NOT A HOTEL YAKUSHIMA」同様に、周囲は豊かな植生に囲まれ、屋久島が育んだ自然の力強さを感じることができる。標高が高いこともあり、晴天と曇天で印象が一変し、激しい雨が視界を遮る日もあるなど、日々の天候が多様な光景をもたらす。平地は亜熱帯性の気候だが、標高が上がるにつれて気温は下がり、山頂では雪が積もることもある。亜熱帯の樹木の背景に雪山が聳えるという対比的な風景も、この地ならではの特徴だ。 「コンペティションの敷地は一言でいえば『移ろう時間』。豊かな植生に囲まれていて、四季折々の変化をグラデーショナルに感じることができます。日々の天候でも晴れと曇りでは雰囲気が全く変わりますし、周りが見えなくなってしまうくらいの激しい雨が急に降ることもあります。その時々で様々な表情を見せてくれる、そんな敷地です。」(櫨) 敷地にはいくつかの要素がある。既存の池や、斜面の一部で岩肌が露出しているところなど、これらは敷地を特徴づけるものではあるが、必ずしも残したり活用したりする必要はない。自分の考えている空間と合わないということであれば取り入れなくても構わないし、もちろん魅力と捉えられるならぜひ活用してもらいたい。 「建築のデザインを競うのは大前提ですが、ここを訪れるゲストが建築を通じていかに素晴らしい体験をできるかがとても重要です。応募者の方々には、この場所での生活や滞在を解像度高くイメージして、「こんな暮らしもあり得るね!」とワクワクさせてくれる提案を楽しみにしています」(櫨)
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Akihiro Okamoto
NewColor inc