Vol.10
相澤 陽介(White Mountaineering)
NOT A HOTEL KITAKARUIZAWA BASEのディレクションを手がけたのは、〝服を着るフィールドは全てアウトドア〟をコンセプトに掲げるWhite Mountaineeringのデザイナー相澤陽介氏。ファッションのようにS、M、Lというサイズで展開される各BASEには、アウトドアをこよなく愛する彼のこだわりが隅々にまで詰まっている。建築家とは違った発想で生まれたこの場所は、これまでのNOT A HOTELとはまた一味も二味も違ったユニークな体験を提供してくれるはずだ。
標高1100メートルを超えるこの場所は、軽井沢よりも一段と涼しい。春の芽吹き、夏の新緑、秋の紅葉、冬は一面の雪景色、どの季節に訪れても豊かな四季が迎えてくれ、リスやシカ、イノシシ、クマ、サルも暮らしているという。30年間手付かずで残されていたという森の木々の間には、江戸時代の噴火でできた巨大な溶岩が残り、浅間山の雪解け水の小川が流れる。
軽井沢駅から車を走らせ、目の前に山を眺めながら緑の木立に包まれた道を進むにつれ、都会の日常を抜け出し別世界へと向かう期待感が高まっていく。やがて道の両脇に浅間山の溶岩がゴロゴロと現れ、この土地ならではの独特な景観に。そんなアプローチを経て到着する森に、NOT A HOTEL KITAKARUIZAWAはある。
NOT A HOTEL代表の濵渦伸次は20歳の頃、宮崎のアパレルショップでアルバイトをしていた。そこで相澤氏のWhite Mountaineeringを扱っていたこともあり、当時から尊敬する存在だったという。その後、イーコマースの会社を立ち上げたことがきっかけで交流が始まり、約2年前に濵渦が相澤氏にダメ元で「洋服ではなくてNOT A HOTELを作ってくれませんか?」と依頼をしたのがこのプロジェクトの始まりだった。
相澤:はじめは制服やギアの依頼かと思っていたのですが、実際に住居を作って欲しいという話だったので結構無茶振りだなと思いましたよ。片山正通さんや谷尻誠さんが手がけた物件のことは知っていたので、そこに自分が…っていうのが、正直な印象で。建築家ではないので実際に図面を引いたりすることはできないのですが、この話の少し前に実際に軽井沢で山小屋を作り2拠点生活を始めていたんです。僕はMonclerだったり、オイルドジャケットで知られるBarbourのデザイナーをやっていたり、海外での仕事が非常に多かったんですが、コロナのタイミングで海外の仕事はほぼできなくなってしまったんですね。そこで長年憧れていた山での生活をしてみようと、軽井沢に家を見つけてリノベーションしたんです。濵渦さんが声をかけてくれたのは、そうして二拠点生活を始めたタイミングでした。
濵渦:ある日突然、相澤さんのインスタが軽井沢だらけになって、これは何か心境の変化もあったんじゃないか、もしかしたらお願いできる可能性があるんじゃないかと。
相澤:ファッションデザイナーという肩書きではありますが、トータルでライフスタイルに対してのデザインを長くやってきたということと、軽井沢に家を見つけてリノベーションしたという経験は活かせるかもしれないなと。濵渦さんの理想も非常に高く、僕もファッションデザイナーとして関わる以上、現実は一度取り払い理想を追求したいという思いがありました。
相澤:いきなり山や海に生活の拠点を全部動かすっていうのは、結構難しいことですよね。自分の場合は子どもが3人いるのですが、家族の状況もあったり。そう考えたときに、軽井沢って非常に行きやすいんですよ。僕はスノーボードが趣味なので、北海道や白馬というのも考えましたが、まず新幹線で1時間で行けて、車だと2時間ちょっと。金曜の夜に行って土日をそこで過ごしたり、仕事に集中したいときは1週間だけ山ごもりをしたり。
濵渦:新幹線で1時間なら、何かあったら戻ってこられますしね。
相澤:僕の家は築40年ぐらいの、いわゆるバブル時代のバンガローみたいな雰囲気だったのを丸裸にして、一から作り直した感じです。Barbourの仕事で行ったエディンバラのお城をリノベーションしたホテルとか、BURTONの仕事で行ったモントリオールやバーリントンのスノーリゾート、コロラドのジェイク・バートンさんの別荘やバーモントの自宅の山小屋──海外での経験から、全く新しいものを作るというのとは違う、その環境や既にあるものを活かして作り直すという考え方を見てきて、ここでそれを自分でも実践してみようと。
濵渦:本当に素敵で、お邪魔したときにこれをこのまま販売したいと思ったくらいです。
相澤:ただ、冬は寒いですよ。マイナス10度。冬は外の地面が凍ってしまうんですよね。もう工事もできないぐらいで、昔は冬場の別荘は使えないっていう状況が結構あったと思うんですよ。僕はスノーボードが趣味なので、冬に使えないと意味がない。床暖房の入れ方とか、どうしたら通年快適に使えるか?自分の家でリスクをとって試したことが今回のプロジェクトにも活かせました。
濵渦:僕らのプロダクトのための実験台にもなっていただいた感じで、恐縮です。
相澤:結果的にそうなりましたね(笑)。例えば冬でも、靴下1枚くらいで、素足に近い感覚でフローリングにいられたら気持ちいいじゃないですか。そんなふうに日常の延長線上で過ごせて、ふと外を見たらすごくきれいな景色に雪。そこでサウナ入って、ちょっと外に出てみる。キャンプとか登山ってことでなくて、このBASEでは自然の中に身を置くだけでアウトドアが成立するんじゃないかと思っています。
濵渦:今回の敷地に実際に行かれて、どう思われました?
相澤:こんな場所あるんだ、とびっくりしました。僕の家は中軽井沢で、いわゆる軽井沢の雰囲気があって、利便性も非常に高いんですが、日常を忘れるほどなのかっていうと、また難しい。僕の場合は行く度にまず掃除から始めて、冬の落ち葉も全部履いてという完全な山小屋生活なので、利便性をある程度考えないと二拠点生活は難しい。でも今回のBASEがある北軽井沢は、もう大自然なんですよ。こんな場所を自分たちのエリアとして使っていいなんて、ほぼ出てこない物件ですよね。
濵渦:ここは軽井沢駅から車で30分かかるので遠いイメージがありましたが、中軽井沢を抜けてバイパス通るときに浅間山がどーんと見えて、到着するまでのストレスがほとんどなかった。そして敷地に着いてみたら、森の中にめちゃくちゃでかい岩がゴロゴロ転がってる。こんな敷地見たことないなっていうのが最初の印象でした。
相澤:僕も感動して、2023年春夏のWhite Mountaineeringのコレクションはここで撮影させていただいたんですよね。広大な敷地のおかげでドッグラン付きのモデルも設計できたので、ペットと一緒に森を散策することもできます。僕がよく行くスキーリゾートも、車で20分ぐらいのところにあるんです。日常の中に雪の遊びがあるというのは、ものすごいメリット。さらに周辺には湖やキャンプ場があるので春夏なら滞在にプラスしてキャンプもできたり、温泉も多いですしね。
相澤:建物は洋服のようにS、M、Lという表記にして、それぞれの方に生活にフィットするものを選んでもらえる空間にしたい、というコンセプトから始まりました。森の中にひとつのヴィレッジを形成するイメージです。自分の家は90㎡ぐらいのワンフロアでMが近いのですが、本当はもっと小さいのを作りたかったんです。ひとりで山にこもるアトリエみたいな。
濵渦:大きければいいというわけではなく、自分にぴったりのサイズを選べる。こういう家選びってすごく新しいですね。
相澤:洋服も運動をしたり仕事をしたり、やはりその目的に沿ったものであることが非常に重要。家選びでも、そういうことができたら面白いですよね。僕は家族5人なんですけど、Mくらいがちょうどいいんですよ。でも、妻と二人で出かけるんであれば、お酒を飲んで会話をしてSくらいがちょうどいい。その時々の環境で、使いたい家のサイズも変わると思うんです。
濵渦:今回、相澤さんにどうしても譲っていただけなかったのが、本物の焚き火を入れることでしたね(笑)。
相澤:焚き火については、NOT A HOTELのホテルの部分。僕は自分の家はバイオエタノールの暖炉にしたんですよ。全部自分で片付けないといけないから。家の中に暖炉があると結構手入れが大変です。セッティングや片付けはホテル側でやってもらうことにして、本物の焚き火にこだわりました。
東京で過ごしていると便利でスピード感がすごく早い。僕は軽井沢の家ではアナログにこだわっています。正直言ってBluetoothで繋いだ方が楽かもしれない。でもやっぱり東京から離れる、日常から離れるときには、ゆっくり時間を使いたい。音楽のセレクトもこれから始めていくのですが、レコードを置く予定です。例えば、ビリー・ジョエルのアルバムを聞くにしても、やっぱり曲順も重要なんです。起承転結があって、サブスクだと飛ばしちゃうかもしれない。あとは、自分で料理を作ることだったり、ここにいること自体がアクティビティになるということを考えると、アナログをもう一度見直したいなと。また、僕自身がデザイナーとして、いろんなジャンルのことをやらさせていただいてるので、やっぱり情報のインプットは非常に重要視しているんです。一人でじっくり考えたいときに、普段とは違うインスピレーションにあふれたアナログ空間があると、二拠点の意味がより深くなりますよね。
濵渦:ご自身の別荘をまた作る感覚で、家具や小物をはじめ、本やレコードも相澤さんが選んでくださる。
相澤:はい。アルネ・ヤコブセンのグランプリチェアは普段から使っていて、体重をかけると柔らかく反発したり、本当に使い心地がいい。今回はBASEの三角屋根をモチーフにした張り地で、NOT A HOTELだけのオリジナルをフリッツハンセンさんに作っていただきました。スリッパや焚き火用エプロン、スタッフのユニフォームなんかもデザインさせていただいて。
濵渦:相澤さんと一番揉めたところはお風呂ですね。スペック的にとにかく小さくしないといけなかったので、僕は「Sはバスタブはいらないんじゃないですか。シャワーだけで良くないですか」という話をしたら「いや、俺はお風呂に浸かりたいんだ。軽井沢がどれだけ寒いか知ってますか」って言われて、なるほどと思いました。
相澤:そうですね。スキーやスノーボードをするっていうのもあるんですけど、あの環境でお風呂に入るってめちゃくちゃ気持ちいいんですよ。それをシャワーだけで済ますわけにはいかないな、と。
濵渦:逆にサウナはこちら側からのこだわりで、ぜひ入れてくださいとお願いして。特にLはガラス張りの窓から外の景色が楽しめるものになっています。
MODEL Sは、実際にこの絵のように本当に岩の上に建設予定。下のイメージパースをそのまま再現したい、と濵渦と相澤氏が現地を訪れた際「この岩の上にあったらいいよね」と相澤氏が言ったのを聞いた建築士が、真剣に検証を重ねた結果だ。
相澤:僕が建築家じゃないから、理想を言うだけなんですよね。多分、建築家の視点で考えたら、初めから無理だって思うじゃないですか。
濵渦:そうですね。僕の立場としてはこの岩の上に建てろ、とはとても言えなかったです(笑)。
屋内面積が46㎡とコンパクトながら、天高が4.7mあり開放感がある設計。書斎にお風呂、寝室は2階で、サウナと外気浴のテラス、と必要なものが全て揃っている。28㎡のテラスの目の前には大自然が広がり、とても居心地のいい空間だ。
家族、もしくは友人5人ぐらいで過ごすことを想定して作られたのがMODEL M。ツーベットルームに加えてこだわったのがツーバスルーム。マスターベッドルームにもシャワーとトイレがあるほか、もうひとつが皆で楽しめるサウナ付きの大きなお風呂だ。そして焚き火がある。
相澤:僕がリノベーションで叶えられなかったことを詰め込みました。キッチンでは、目の前の窓から大自然を眺めながら料理ができます。軽井沢や嬬恋の地場のものも豊富なので、みんなで料理を楽しんでもらいたいですね。また、縦長の設計にすることで、視覚的にスケール感を味わえるように意識しました。リビングからテラスの焚き火台のところまで、ひと続きの空間になっているため、リビングから外を眺めると、非常に長いアプローチとして見えてくる。逆に、焚き火をしているときには、家にすごく奥行きが感じられます。
MODEL Lは全体がスケールアップし、サウナもかなり大きいサイズに。お風呂は温泉で、水風呂も室内に完備している。
相澤:Lは300㎡以上あって、アウトドアリビングを入れたり、ちょっと自分では作れないスケール感になっています。親戚や友人を招いたり、自分たちだけでも使えたり。
濵渦:それにしても焚き火が3つは、多くないですか(笑)
相澤:どこでもやりたくないですか(笑)やっぱり火を焚くのって、アウトドアの醍醐味だと思うです。多分、来た人はみんなやりたがると思うんですよ。僕のところでも友人が来て夜になるといつも、焚き火やろうよって言われるんです。それが毎日違う場所でできるわけじゃないですか。2日間泊まれば、今日はこっち、明日ははこっちでやると。少人数でじっくり話をするには、このテラスがいいと思うんですよ。みんなで集まるときには、囲めるような場所がいい。まぁ、すごく贅沢ですよね。
バスタブとして使うのは、本小松石という神奈川県真鶴の石だ。相澤氏が現地に赴き、一つ一つ選んだものをくり抜いている。
相澤:それぞれのBASEに入れるバスタブを作るに当たって、見合ったものを選ぶというのが難しくて。四角にするのは簡単なんですけど、天然のままの部分を残さないと面白くない。これは自分で行かないと無理だな、と。ここの部分が入口から見えるようにしようとか、お風呂に入ったときの色を想定して水で濡らしたり。当然、1番大事なのは機能として使い勝手がいいことなんですけど、やはりNOT A HOTELならではのクオリティを重要視したかったんです。こうした部分に関しても、コストのことは一度置いておいて、理想形をまず追求させてもらえたのはありがたかったですね。
濵渦:僕はあんまり予算考えないんですよ。困っていたのは、うちのビジネス部門ですね。でも、ここに東京のご自宅にあるような白いバスタブがあったら、なんだか一瞬で東京に戻ってしまったような、そんな感覚になってしまいますよね。
相澤:床とか壁とかも全部そういう形で、僕と濵渦さんで理想のものを選んでいます。「これにしよう」って言った後、濵渦さんは逃げるように帰りますよね。ずるいんですよ。その後、僕は建築部の人たちと引き続き打ち合わせをするんですけど、僕もコスト感の話になってくると都合が悪いので「次のミーティングがあるんで」とか言って逃げる(笑)でも、それを繰り返してきたので建築部の方々もどうしたら理想に近づけるかということをかなり考えてくれて、ダメだっていう否定形からスタートしたものは、ひとつもない。
相澤:一番大事にしたかったのは、ここでしかできない体験を提供したいということ。ちなみに私はLを購入させていただきました。近くに家があるのに、と正直迷ったのですが、自分の軽井沢の家とこのBASE Lは別物。違う使い方が見えたんです。例えば、スタッフや親戚が来てくれたときに、自分の家だとどうしてもホテルっぽい振る舞いができない。あのアウトドアリビングで遊ぶことも、火を眺めることも、僕の家とは違う体験になるだろう、と。さらにソフトの部分で青島や那須で体験したホスピタリティが組み合わせられるなら、素晴らしいものになるはずだと確信したので購入に踏み切りました。
濵渦:ありがとうございます。ちなみにNOT A HOTELには相互利用という仕組みがあって、このBASE MODEL Lと、青島のSURFやCHILLが同じクラスなので、10泊、30泊の中で交互に利用できるんですよ。
相澤:北軽井沢の中だけで完結しない、海と山が両方楽しめるっていいですね。そして濵渦さんのことですから、今後もっと面白い建物が増えるじゃないですか。これからさらに著名な建築家の建物だったり、さまざまなロケーションを体験できると思うとすごくワクワクします。
相澤 陽介
Yosuke Aizawa
1977年生まれ。ファッションデザイナー。多摩美術大学デザイン科染織デザイン専攻を卒業後、2006年にWhite Mountaineeringをスタート。これまでにMoncler W、BURTON THIRTEEN、LARDINI BY YOSUKE AIZAWAなど様々なブランドのデザインを手がける。現在では、イタリアブランドのCOLMARにてデザイナーを務めるほか、サッカーJリーグ北海道コンサドーレ札幌の取締役兼ディレクターにも就任。その他、多摩美術⼤学、東北芸術⼯科⼤学の客員教授も務める。
White Mountaineering 2024SS Collection
2023年6月にフランス・パリにて発表された最新コレクション。テーマは「Memories」で、相澤氏自身が目にしてきた情景や旅から着想を得て、柄やデザインに落とし込んでいる。ブランドコンセプトは、「服を着るフィールドは全てアウトドア」。デザイン、実用性、技術の3つの要素を一つの形にしたものづくりで国内外から強い支持を集めている。
物流事業者「ヤマトグループ」の新制服
2020年に20年ぶりのリニューアルとなったヤマトグループの制服デザインを担当。従来よりも伸縮性を大幅に向上させ、業務に必要な強度と耐久性も備えている。ポロシャツには、日本の伝統文様“矢絣文様”をヤマトの“Y“で再現したオリジナルパターンを使用。視界の邪魔にならないように帽子のツバの長さも変更するなど、随所に社員への思いやりが詰まっている。
©︎ヤマト運輸株式会社
北海道コンサドーレ札幌 コラボユニフォーム
「White Mountaineering」と「北海道コンサドーレ札幌」のコラボユニフォーム。キーワードは”燃える様な赤と闘志を秘めた黒”。北海道コンサドーレ札幌伝統の赤黒ストライプをモチーフに、選手やサポーターの熱を炎に見立て再構築をした1着になっている。10月28日、札幌ドームにて開催される横浜FC戦にて、実際に選手たちが着用予定。
Text: Sanae Sato
Photo: Tetsuo Kashiwada, NewColor inc.