Vol.02
谷尻 誠(SUPPOSE DESIGN OFFICE)
吉田 愛(SUPPOSE DESIGN OFFICE)
バラバラなのに、まとまりがある──NOT A HOTEL NASUの2つの家を手がけた谷尻誠と吉田愛が率いる「SUPPOSE DESIGN OFFICE」は、自らの哲学をそのように表現する。住宅からオフィス、店舗にホテル、近年では公衆トイレまで。「作家性という意味での縛りはない」と吉田が言うように、多岐にわたる作品群は一見バラバラに見えるが、根底にある思想は共通している。「土地をリスペクトし、環境の魅力を最大限に引き出すためにどういう建築が建つのがいいのかを考えていく。それが、いちばんベースにある考えです」
では、那須という土地の魅力は2人にどう映ったのだろう? 谷尻の言葉を借りれば、この空間自体が「自然の照明」であることだ。「もともとこれだけ『自然』っていう照明があるんだったら、家の中に人工的なライトをたくさんつけるんじゃなくて、『自然の照明』の下で過ごしたいですよね。暗くなったら月の明るさを知ったり、星がきれいだってことを再認識したり。そういう時間や体験を設計するために、建築がどうあったらいいかを僕らはいつも考えています」
室内を暗くすることで、自然の明るさが際立つ。重たさをつくることで、軽やかさを表現する。閉じることで生まれる開放感がある。「浮遊の家」も「読了の家」も、こうした逆説的な特徴を建築に取り入れていくことで、那須がもつ自然の魅力をいっそう顕在化させる空間に仕上がっている。
もうひとつ、SUPPOSEをSUPPOSE足らしめているのは「間」の概念だ。中と外の間や、未完成と完成の間といった考え方が彼らの建築をかたちづくる。また2017年にはプライベートなオフィスとパブリックな食堂の間である「社食堂」をオープンするなど、建築事務所の枠を超えた活動を行っている。
「住宅とホテルの間」であるNOT A HOTELをつくる際にも、住宅とホテルを切り分けない考え方で設計を進めた。「食事して、お風呂に入って、眠ってと、実は住宅とホテルではほぼ同じことをしているんですよね。でも普通に設計するとただの住宅になってしまうから、どの瞬間にホテルと呼べて、どの瞬間に住宅と呼べるのか、その境界をつくっていく必要がありました」と、谷尻はクリエイションのプロセスを振り返る。
「間」の空間をつくるために鍵となったのが、余白とスケール感だった。住宅の場合、リビングはソファを置いたらいっぱいになり、ダイニングはテーブルを置いたらいっぱいになる、というふうに部屋の機能と空間の大きさがぴったりと合っている。しかし、そこに余白を加えることで、ホテルらしい空間が生まれていくと吉田は言う。「いまの時代は豪華なインテリアというよりも、間や余白、そういうところに高級感とかラグジュアリー感が出るんだと思います。普通の住宅スケールよりも余白をとることで、住宅からホテルに変わる瞬間をつくることができました」
余白を加えることで住宅のようにくつろげる空間とホテルのようなラグジュアリーさを両立させた「浮遊の家」に対して、「読了の家」THINKの離れでは余白を削ぎ落とし、室内の要素を減らすことで「籠もれる空間」を設計した。思いっきりゆったりした空間と、思いっきりコンパクトな空間。スケール感の異なる2つの家は、両極端の心地よさを提案している。
高台から宙に突き出すプールも、本に囲まれた書斎も、自然を見渡せるサウナも、NOT A HOTEL NASUに込められたこだわりは尽きない。しかし谷尻は、そうした詳細を知らなくてもこの場所を訪れてほしいと語る。「とにかくもう、ぴょんと新幹線に乗って来てくれたら満足できる時間と空間がここには用意されています。『とりあえず来て』って人に言いたくなるような場所になるんじゃないかなと思うんです」
MASTERPIECE
那須の自然と一体化する浮遊の家
あえて自然に突き出すプール
「大抵の場合、プールは景色に対して横向きに設計することが多い。浮遊の家の飛び出したインフィニティープールはやはり、特別な存在です」と吉田は語る。12mの突き出すプールから望む高原の景色は圧巻だ。
瞬時に圧倒される天高3.65mの書斎
細長い書斎は、5mの奥行きを持つ。「建築の中には時折、足を踏み込んだ瞬間鳥肌が立つようなものがあります。鳥肌建築とも言えるそういった場は、例えば奥行きや天井高といった何か圧倒的な空間の力を持っています。」(吉田)
過ごす場所を無数に有するリビング
「空間は起伏をつけていくことで豊かになります。」(吉田)人が思わず座ってしまう様々な段差をリビングの随所に設け、人の行為を誘発させるような意匠を施した。
テラスとリビングの間のサッシは、窓枠の存在感が極端に薄い。「中にいるのか外にいるのか、実際にはよくわからないような状態にしたかった」と、境界の存在を限りなく感じづらくする、ディテールへのこだわりが語られた。
THINK
那須の自然と一体化する読了の家
小さな空間の体験の心地よさ
あえて狭く設計された空間が、広い母屋と対比的な離れの家。「開放的な心地よさももちろんあるが、籠っているからこその心地よさもあります。小さな空間では、人の距離も自然と近くなり、関係性や体験自体が変わっていく。それぞれ違った面白さがあるんです」(谷尻)
動線そのものからデザインされた開放的なサウナ
「サウナだけをデザインするのではなく、外気浴の場所を含めた動線全体を設計している」と語る谷尻自身も、日常的にサウナを利用している。一般的には開放的なサウナは多くないが、ここでは美しい景色とともにサウナを楽しめる。また、水盤のような水風呂は、そのまま露天風呂とつながっていくような開放感あるデザインに。場所の特性を活かしたサウナの意匠が考えられている。
計算され尽くした抜け感のベッドルーム
ベッドルームの手前にはカウンターが設けられており、仕事や読書ができるデスクスペースに。 「カウンターの高さに紐づいて、ベッドは通常よりも少し低めに設計をして抜け感を出している」と吉田が言うように、カウンターから見える景色はどこまでも広い。
サポーズ デザイン オフィス
2000年建築設計事務所SUPPOSE DESIGN OFFICE設立。2014年より吉田愛と共同主宰。広島・東京の2ヵ所を拠点とし、インテリアから住宅、複合施設まで国内外合わせ多数のプロジェクトを手がける傍ら、穴吹デザイン専門学校特任講師、広島女学院大学客員教授、大阪芸術大学准教授なども勤める。近年「絶景不動産」「21世紀工務店」 「tecture」 「CAMP.TECTS」 「社外取締役」 「toha」 「DAICHI」をはじめとする多分野で開業、事業と設計をブリッジさせて活動している。
Text: Yuto Miyamoto
Photo: Tetsuo Kashiwada