
バレエ17年の学びを NOT A HOTELへ
NOT A HOTEL AOSHIMA サービススタッフ二宮 史帆

NOT A HOTEL AOSHIMA サービススタッフ
二宮 史帆
宮崎県出身。プロのダンサーを目指し、17年間バレエに打ち込み、ドイツへ留学。帰国後、東京で6年間ピラティスインストラクターとして活動。地元・青島へ戻った際、NOT A HOTELの存在に魅了され、2024年9月にNOT A HOTEL MANAGEMENTにジョイン。現在はNOT A HOTEL AOSHIMAの運営スタッフとして、清掃や施設の品質維持、レストランでのサービス全般を担当。「マニュアルを超えた温かいおもてなし」を追求している。
宮崎県出身の二宮史帆。プロのダンサーを目指し、ドイツへの留学経験を持つなど、17年間をバレエに捧げました。キャリアの挫折を経て帰国後、地元・宮崎へ戻った際に出会ったのがNOT A HOTELでした。「故郷にこんな素敵な空間があることを誇らしく感じた」という彼女は、その建築の美しさとスタッフの温かい空気感に魅了され、サービススタッフに転身。
現在はNOT A HOTEL AOSHIMAで、清掃からゲスト対応まで幅広く担当。バレエで培った「細部まで手を抜かない姿勢」は、今の仕事にも通じています。ゲストの表情やチャットの言葉から「何を求めているか」を感じ取り、マニュアルを超えた心地よい時間をつくる——そんな自然体のプロ意識が、NOT A HOTELの体験を静かに支えています。
プロのダンサーを目指す過程で得た学び
━━━まずは簡単に自己紹介からお願いします。
二宮史帆と申します。宮崎県出身で、学生時代はダンスに打ち込み、プロを目指してドイツへ留学していました。最終的にはプロの道を諦めて帰国し、その後は東京でピラティスインストラクターとして約6年間働き、2024年9月からNOT A HOTEL AOSHIMAで勤務しています。
━━━プロのダンサーを目指したきっかけは?
私のスタートはバレエでした。技術を磨くことももちろん大切なのですが、私にとってバレエの魅力は「表現そのもの」にありました。言葉を使わずに、身体だけで観客に想いを届ける世界に強く惹かれたんです。好きなダンサーの踊りに感動したことが、この道を本気で目指すようになった大きな理由でした。
留学したのも、私が目指していたジャンルの本場がドイツだったこと、そして海外で活躍する日本人ダンサーの踊りを研究するなかで、「やっぱり本場を知らなきゃ」という思いが強くなっていったんです。その気持ちが後押しになって、留学を決めました。
━━━17年間のバレエ人生で、最も学んだことは何だと思いますか?
「自分が納得できないものは、良い結果にはつながらない」ということです。練習では自分を追い込む日もあれば、つい甘えてしまう日もあります。でも、本番の舞台に立つと、どんな小さな妥協も後悔として残ってしまうんですよね。
その経験を重ねるなかで、妥協を少しずつ削ぎ落とし、納得できるところまで積み上げる力が身についたと思っています。これはバレエを続けてきたからこそ得られた大きな学びです。

妥協なき、クオリティの裏側
━━━約12年ぶりに宮崎に帰省したと聞きました。NOT A HOTELを知ったきっかけは?
NOT A HOTEL AOSHIMA に隣接するレストラン「LDK」をたまたま訪れたとき、雰囲気の良さや料理の美味しさ、そして施設の綺麗さにまず惹かれました。ただ、それ以上に印象に残ったのは、そこで働いているスタッフの方々がとても素敵だったことです。特別なサービスを受けたというわけではないのですが、あの穏やかな空気感がとても心地よくて。その帰り道に、NOT A HOTELの採用サイトを見て、応募してみようと思いました。
━━━入社した当初はアルバイトからのスタートだったそうですね。
前職はピラティスのインストラクターだったため、ホテル運営の仕事は私にとってまったく新しい挑戦でした。最初は清掃のアルバイトとして入社したので、会社の規模感などもわからないまま、「まずは働いてみよう」という気持ちで飛び込んだんです(笑)。
━━━具体的にはどのような点に驚きましたか?
ホテル業務の基礎知識がないまま入社したので、自分の未熟さと、プロの現場で求められるレベルの高さを思い知らされました。たとえばベッドメイクはもちろん、お風呂掃除ひとつ取っても、一部屋ごとのスケールがとにかく大きいんです。
お風呂の清掃に私だと30〜40分かかってしまうのに、先輩方は20分ほどで次の部屋に向かっていく。さらに、窓拭きも「こんな大きな窓を拭くの?」と驚くほどで、作業の一つひとつが想像以上の規模感で、毎回圧倒されていました。
━━━クオリティも求められるなかで、苦労したことは?
入社当初は、先輩方からたくさんのフィードバックをいただきながら仕事を覚えていきました。自分なりに一生懸命取り組んでいたつもりでも、「まだまだ伸ばせる部分があるんだ」と気づかされる場面が多かったです。
たとえば、洗面に置くタオルの畳み方や、歯ブラシの並べ方ひとつにしても、ただ置けばいいわけではなく、すべてに理由や手順がある。どう置けばより綺麗に見えるのか——そうした工夫の積み重ねで空間ができあがっているのだと知れたことは、とても大きな発見でした。
━━━入社後、NOT A HOTELのチームについてどのような印象を持ちましたか?
入社してまず驚いたのは、「人に喜んでもらうことを、心から大切にしている人がこんなにもいるんだ」ということでした。清掃のフィードバックをくださる先輩方も、自分の技術向上というより、目の前のゲストのために動いている。
キッチンスタッフも、外構スタッフも、清掃スタッフも、全員が「仕事だから」ではなく、本当に“人のために動くことが好き”な人たちなんです。だからこそ、目指す目標がチーム全体で明確で、「そこに近づきたい」という気持ちが、私自身の大きな原動力になっています。

マニュアルを超えて「今」に向き合う
━━━NOT A HOTELで仕事をするなかで、サービスへの価値観はどう変わりましたか?
最初の頃は「丁寧に」「ミスをしないように」という意識がとても強かったのですが、今はゲストのチャットの文面や、実際にお会いしたときの雰囲気から「今この方は何を求めているのか」を感じ取ることが大切だと気づきました。
マニュアルや形式にとらわれすぎず、その時々のゲストの気持ちに寄り添える柔軟さを持ちたい。今はそう思いながら日々の業務に向き合っています。
━━━そんな二宮さんが考えるNOT A HOTELらしいサービスとは何だと思いますか?
スマートホームチーム(ソフトウェアチーム)が空調や照明など最新のテクノロジーを取り入れている一方で、現場スタッフが“機械的にならないこと”。それが NOT A HOTEL らしさだと思います。
“やりすぎないおもてなし”とでもいうのでしょうか。ゲストの過ごし方はみなさんそれぞれなので、顔を覚える・近況を軽く交わすといった「信頼関係」と、そっと寄り添う「適切な温度感や距離感」を大切にすること——そこに、NOT A HOTEL の独自性があると感じています。
━━━宮崎という故郷の存在も、サービスによい影響を与えていますよね。
強いですね。LDKを初めて訪れたとき、宮崎にこんなにも高いポテンシャルがあり、こんな体験ができるなんて……と心を奪われたのを覚えています。
地元の方に「青島って何があるの?」と聞かれた時も、説明するより「帰省したときにぜひ来てみて」と伝え、実際に訪れた方から「本当に素敵だね」と言ってもらえることが何より嬉しいんです。
“NOT A HOTELにとって最初の拠点”という責任感もありますが、それ以上に、スタッフみんなが青島を心から好きでいる——そのベースが大きいと感じています。
━━━最後に、NOT A HOTELで果たしたい目標を教えてください。
サービスという未経験の世界からスタートし、経験を通して少しずつ成長を実感していますが、まだ「これだ」と言える自分の型やスタイルは確立できていません。もちろん支配人の良いところは吸収しつつ、ゲスト一人ひとりに寄り添いながらも、ぶれない自分の軸をより明確にしていきたいと思っています。
そして、今でも毎日の仕事のなかで飽きることなく「すごい」と感じる瞬間があります。特に CHILL から見える景色は圧巻で、清掃を終えて部屋を出るときに何度見ても心が動くんです。
これからも丁寧さを何より大切にし、清掃もサービスも“仕方なく”雑に扱うことのないようにしたい。そしてゲストの方に「また必ず来たい」と思っていただけるような、温もりのあるおもてなしのプロフェッショナルを目指していきます。

キャリア
2015年9月
高校を卒業。幼少から続けるバレエに打ち込み、プロを目指す。
2015年9月
ドイツへバレエ留学。本場のプロから指導を受ける。
2018年9月
日本へ帰国。東京でピラティスインストラクターとして6年間勤務。
2024年9月
NOT A HOTELに入社。NOT A HOTEL AOSHIMAの運営スタッフに就任。
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