
Vol.05
ビャルケ・インゲルス氏インタビュー
3月末に開業した「NOT A HOTEL SETOUCHI」(広島・佐木島)は、BIGによる日本で初めて完成した建築だ。瀬戸内の山の斜面に桜の白が点在する季節、ビャルケ・インゲルス氏が佐木島を訪れた。実際に空間として立ち上がった建築に宿泊した彼は、何を感じ、どのように過ごしたのだろうか。
「もう本当に、ここは素晴らしいと思います。正直に言うと、いつもこのように感じることばかりではないんですが、今回は特別に感慨深いですね」 完成したばかりの「NOT A HOTEL SETOUCHI」を訪れたビャルケ氏は、目の前に広がる海と空、島並みを眺めながら興奮気味に話す。
SETOUCHIのプロジェクトは、2022年夏にBIGがNOT A HOTELの問い合わせフォームに送った一通のメールから始まり、わずか4年足らずで竣工。世界各地で大規模な都市デザインや建築を手がけている彼らにとって、日本で初めて完成を迎えた建築だ。加えて、ビャルケ氏はこれまでに10回ほど日本を訪れており、生粋の日本好き。瀬戸内は敷地視察のほか、プライベートで旅したこともあり、思い入れもひとしおのよう。 「360、270、180と角度をモチーフにカーブさせたヴィラのアイデアは、まるで日本画のような、あまりにも印象的なこの場所の風景から生まれたものです。この景色の中に住まうような体験をつくる──つまり、敷地の中でも特に魅力的なポイントを選び出し、そこにヴィラを建てるという、極めてシンプルな方法で考えました」
絶景を望む各ヴィラのリビングダイニングには、オリジナルで制作したテーブルが建築に沿って弧を描き、ビャルケ氏が自宅でも愛用しているというデンマークの巨匠、ポール・ケアホルムによるチェアが配されている。 「今こうして話している180からは、瀬戸内の群島が水平方向に美しくフレーミングされます。それは驚くほど美しいありのままの自然の景色です。さらに、内側に目を向けると、日本庭園の景色が掛け軸のように切り取られています。そして土壁の温かみに包まれたプライマリーベッドルームの先には、小さな庭園の中に陶器製の露天風呂があるんです」
家族と共に来日したビャルケ氏は、2泊3日の期間でSETOUCHIに滞在。初日は270に、翌日は360に宿泊したという。 「7歳になる息子のダーウィンは、かなり厳しい批評家なんです。しかし今回は、どのヴィラにもすごく興奮していて、どこに泊まるか決められないくらいでした(笑)私自身、どのヴィラが一番好きかと聞かれても、どれもそれぞれ違った魅力があって選べません」 日本庭園を中心にした和を感じる「180」、中庭のプールと周辺の海、内外を水の気配に包まれた「270」、火を囲み仲間と集える「360」。そして、桟橋に近い場所に位置するビーチテラス「90」。敷地内に点在する建築は、名称の数値が大きくなるとともに標高が高くなり、目線が上がる仕組みだ。
地形の等高線をそのまま立ち上げたような、地形に沿ってカーブを描く建築には、最新技術でアップデートした日本建築の伝統的な要素が取り入れられている。瓦屋根に見立てた太陽光パネル、障子を再解釈した曲面ガラスのファサード、畳のように玄昌石を敷き詰めたフロアに、縁側のようなテラス。そして建物の壁面には土を主とした材料を突き固め、層状に重ねるラムドアース(版築壁)を採用。耐震性を確保するために強度を上げた素材を職人がバケツで型枠に流し込み、1日に2~3層ずつ、約半年もの期間をかけてつくられた。 「ラムドアースには各ヴィラの敷地から掘削した土をそれぞれに使っており、その色が少しずつ違うため、棟ごとに壁の表情が微妙に異なります。地層のようで温かみがあり、居心地が良い。実際に仕上がりを見て、とても満足しています。昨日、ラムドアースを施工した職人と話をしたのですが、建築に対する彼らの熱意を感じ、とてもうれしくなりました。実際に建物を形にする人々が情熱を持っていると、建築はより良いものになるんです。日本には今も職人を育てる環境や彼らが活躍する文化的土壌があり、手仕事に対する敬意と誇りが残っています。これは、ものづくりにおいて最高の環境だと思います」
SETOUCHIの各ヴィラでは、書斎やシャワールームなどの機能が、天窓で空に開かれたポッド型の小部屋として中庭にせり出すように配されている。 「小さなポッドがたくさんあるので、全体を一度に見渡すことはできません。比較的コンパクトな建物ですが、日本庭園の考え方を踏襲しており、ひとつの視点からだけでは全体が見えないんです」 日本庭園には、庭園の全景が一か所からすべて見えないよう、あえて視線を遮るように木々や石を配置する「見え隠れ」と呼ばれる手法がある。歩みを進めるごとに新しい景色が現れ、「この先はどうなっているのだろう」と、鑑賞者の想像力をかき立てると同時に、奥行きや深みを感じさせる。カーブによって先が見通せないSETOUCHIの仄暗い廊下の設えもその手法に通じるものがある。 「隠された景色が次々に現れる。だから、各ヴィラは単に素晴らしいパノラマを見せるだけではなくて、同時に、その内部に独特な小宇宙をつくり出しているのです」
「昨日の昼間は360で多くの時間を家族で過ごし、270へ移動して沈む夕陽を眺めました。そしてまた360に戻ると、NOT A HOTELチームがサプライズで花火を打ち上げてくれたんです。山のシルエットを背景に、花火が湾を照らして、本当に素晴らしい光景でした。この場所は、空気中の湿度が高いため景色が少し霞んで見えます。山々が水彩画のように青の濃淡へと溶けていく。日本画に描かれている景色は抽象化されているのではなく、ありのままの、現実の風景だと気づかされました」
瀬戸内の島々を眺めながらボートに乗って佐木島へと向かう途中、そうした景色に包まれていると徐々に時間の流れがゆっくりになり、非日常へと移行していくような感覚がある。 「圧倒的な景色や中庭が日常の忙しさから意識を切り離し、ただその場にいることに集中させてくれる。この場所がもたらす本質は、“今”に引き戻される感覚です」
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Sanae Sato
Tetsuo Kashiwada, Kenta Hasegawa