Vol.09
山田 遊(method Inc.)
さまざまな建築家が手がける個性豊かな空間の中で何を使い、どう過ごすか? NOT A HOTELすべての棟で使われるアメニティや家電、小物をセレクトしているのは、“業界きっての目利き”として知られるバイヤー、メソッド代表の山田遊さん。昨年の冬に完成した自宅を訪ね、プロダクトを選んだ基準や過程について話を聞いた。そこから見えてきたNOT A HOTELのパーソナリティとは?
ホテルでもない、家でもない場所で過ごす時間を彩る備品。どんな場所で誰が使っても良いと思えるもの。議論を重ねていくうちに、華美なものではなく、タイムレスで普遍的、使っていて飽きの来ないシンプルなもの、ラグジュアリーではなくニューラグジュアリー。そんなテーマが見えてきた。そこからサンプルを取り寄せては散々使い、選び抜かれたものの数々。NOT A HOTELの備品は、基本的に市販されているもので構成されているのもユニークなポイントだ。一般的なホテルのようなロゴ入りのアイテムも少ない。
「グラスひとつを選ぶにも、デュラレックスからバカラまで無数にあって、そのどちらにも良さがある。でもNOT A HOTELらしいものは何かと考えたときに、最適とは何かを追求するブランド・THEの『THE GLASS』なのではないかと思いました。偶然にも濱渦さんも持っていて。ビールグラスは木村硝子のものを濱渦さんがいつも家で使っていると教えてもらい、使ってみたら確かにすごく良い。この2つのグラスが決まって、ひとつの基準点になりました。どちらも高価なものではないけれど、確かに良いもの。そこに全てが詰まっていると思います」
家電についても一つひとつ吟味し、ドライヤーはダイソン、電気ポットはバルミューダをセレクト。本来であればブランドをまとめた方がトーンが合い、調達も容易だが、それぞれのカテゴリーでNOT A HOTELとしてのベストを選んだ。結果としていくつか同じブランドのものが選ばれたが、そこには必然性がある。また、選ぶものの範囲が広いため、もの同士のバランスや相性も考慮した。
「タイムレスで普遍的なものばかり選ぶと、全体を俯瞰した際になんだかつまらない。昔からある良いものと、新しいものをミックスして、ところどころに最小限の外しも効かせています。例えば靴べらには、普通のホテルだったら絶対に選ばないような、スケートボードをリサイクルしたものを選んでいたり。スタンダードなものだけじゃなく、オーナーやゲストもそういった遊びを面白がってくれる層なんですよね」
試行錯誤を繰り返し、途中からはスタッフ全員が「これはNOT A HOTELだ、これは違う」など、基準を全員で共有できるようになったという。そうして徐々に浮かび上がってきたNOT A HOTELという人格や視点、もの選びのフィロソフィー。「もの選びにおいてNOT A HOTELという人格が憑依していた」と山田さんは振り返る。
「最終的には、確かに使いやすいなと思うもの、使ったことがなくても感覚的に使い方がわかるものが残りました。日常のなかで、ふとした時に良いなと気づくようなものたちです。NOT A HOTELはスタートアップらしくIT技術を駆使する一方で、現実に存在しているハードの部分、建築や空間から、ペン1本、カトラリー1本に至るまで大事にしていることに愛情を感じます。それはすごくありがたかったですね」
昨年の冬に完成した山田さんの自邸にも、このプロジェクトによる経験が活きているという。
「NOT A HOTELに選んだ備品が実際にインストールされて、チェックに行った時に、少し寂しく見えたのですが、その時に空間をきれいに見せるには余白が大事だと気づいて。ものの収まりもすごく考えられていて、NOT A HOTELの建築チームは素晴らしいなと感じました。ショップはたくさんものがある方が楽しいし、僕はついついものを買いすぎて、たくさん並べてしまうタイプなのですが、ものが少ない方が空間が活きるということを改めて教わりました。ちょうど自分の家を建てるタイミングでもあったので、どれだけのものがあれば暮らせるのか、ということを考え続けた日々は、暮らしについて考え直す良い機会にもなりました」
生まれ育った実家からもほど近い、東京・調布市にある山田さんの自邸「(HOUSE)」。
「例えば、モデルルームのために選んだものが実際に使われることはないし、ホテルやレストランで選ぶものも生活のうちの一部でしかない。暮らしに必要なものを丸ごと選ぶという機会はなかなかない。そしてここまで徹底的にこだわり抜くプロジェクトもそうありません。こだわる、と一言でいうと簡単だけど、ひたすら探して、そこで暮らす人のペルソナを想像して選んで、話し合って、手にとって、さんざん比較して、その中で最終的に選んでいる。どれも自信をもって、僕たちが選びましたと言い切れるもの。もちろん仕事でもあるけど、自分自身の今までのキャリア、活動を見直す上でも大事なタイミングで、エポックメイキングなプロジェクトでした。僕自身もNFTのメンバーシップ会員になったので、これから毎年宿泊するのが楽しみです」
アメニティはオープンに合わせて選ばれたものに加えて、ここからオーナーやゲストのニーズを聞きながら今後もアップデートを予定。海辺や森の中に建つ、個性豊かな建築に加えて、そこで触れるプロダクトも豊かな時間を支える大切な要素のひとつだ。これからも進化するラインナップによって、本当の豊かさを知るNOT A HOTELというペルソナの解像度も、さらに高まっていくに違いない。
山田 遊
Yu Yamada
メソッド代表、バイヤー。イデーのバイヤーとして経験を積んだ後、2007年に自身の会社「メソッド」を立ち上げフリーランスのバイヤーに。ミュージアムショップから飲食店まで、店づくりを中心に、コンペティションの審査員、イベントのディレクションも手がけるなど多方面で活躍している。
21_21 SHOP
東京ミッドタウン内にある、デザイン施設「21_21 DESIGN SIGHT」。同施設で開催された企画展「単位展 − あれくらい それくらい どれくらい?」(2015)以降7年間にわたり、各企画展に合わせてオープンしたコンセプトショップを監修。店舗のディレクションや品揃えの計画、オリジナルグッズの監修を手がけた。
Made in ピエール・エルメ
PIERRE HERMÉ PARIS が新たに手がけた、日本の素晴らしいものを世界へと発信するブランド「Made in ピエール・エルメ」。methodは、2018年に東京・丸の内にオープンした第一号店のショップの監修を担当。同店のインテリアデザインはWonderwall®︎片山正通氏、アートディレクションは平林奈緒美氏、サウンドディレクションはNFの山口一郎氏と青山翔太郎氏が手がけた。
こども本の森 中之島
2020年に開館した、大阪市中之島公園内にある文化施設「こども本の森 中之島」。安藤忠雄氏による建築の中で、子どもたちが本の世界に没頭できる空間が広がる。methodは、施設内のショップスペースを監修。オリジナルグッズやユニフォームの企画などを手がけた。
Photo:Shunsuke Ito
Text: Sanae Sato
Photo: Testuo Kashiwada, NewColor inc.