
Vol.24
片山正通 /Wonderwall®︎インタビュー
2026年10月に北軽井沢の森に開業した「NOT A HOTEL KITAKARUIZAWA MASU」は当初、場所を限定しないプロダクト的な建築の試みから始まった。完成を迎えたMASUを実際に訪れてみて、設計を手がけたWonderwall®︎の片山正通氏は、何を感じ、どのように過ごしたのだろうか。

360度に開かれたデッキから北軽井沢の森を眺めながら、Wonderwall®︎の片山正通氏は振り返る。 「この建物は複数のオーナーにお使いいただくものですから、特定の人物をイメージして空間を作るのは難しかった。そこで、僕自身が宿泊したくなる空間を素直に作ろうというアイデアからスタートしました」 片山氏のインスピレーションとなったのは世界的に高く評価される建築家、丹下健三の自邸「成城の家」だ。1953年に竣工した木造の近代数寄屋だが、その建物はすでにない。2018年に森美術館で開催された「建築の日本展:その遺伝子のもたらすもの」で1/3スケールの模型を見て、大きな衝撃を受けたという。
「『成城の家』は戦後の日本において、あえて日本の伝統的な建築要素を用いて設計されたもので、僕の理想とする住宅のひとつです。今回のお話をいただいた時、僕なりに『成城の家』を再解釈したらどうかと考えました。非常にシンプルな木の構造で組まれた、ある種システマチックな住宅。ただそこには情緒や数寄屋の持つ色気とともに、光を取り込み、自然と関係を結ぶ在り方があったのではと想像を膨らませていました。数寄屋造りが世界に与えた影響や、丹下さんが日本の歴史から受け取ったもの、そして丹下さんの建築が世界に与えた影響、それらを丁寧に拾い集め、ここに表現したいと考えたのです」 片山氏はそれらの要素を現代に持ち込むことで、新たな作用が起こるのではないかという期待もあったと振り返る。建物の名にある「MASU」という考えは、丹下の自邸から読み取った、日本建築に通じるグリッドの考え方へのオマージュでもある。同時にそれは、片山氏が自身に課した非常に厳しいルールでもあった。 「当初は場所を限定せず展開できる建築プロダクトとして検討していたので、4×4メートルの一つのマスを単位に、S、M 、Lのようにグリッドに沿って増やしていけば建物の規模を大きくできるという考え方でシステムを構築していました。MASUでは適切な規模として8つのマスからなるグリッドを採用しています。同時にこのグリッドはある種のルールでもあります。そのなかでどのように自由に振る舞うか。それが計画におけるゲーム的な楽しさにもなりました」
片山氏はパズルを解くように設計を進めたと続ける。緻密な設計で知られるが、ここまで厳密なルールや構造をもった空間は初めてだという。「厳密なルールを設けながらも、空間としてはその制約を感じさせない、あるべき形にたどり着けたと思います」 近年、建築の段階からプロジェクトに携わることも多い片山氏。建築とインテリア、両者を往来しながら計画することで内外が緻密に一体化する空間が生まれる。建築、内装、設備、ディテール、そして機能や性能を落とし込みつつ、素材の選定、さらには家具やアートの選定まで同時に検討する。何かを変えると、すべて変えることになる。その連続が片山氏のデザインの特徴だと苦笑する。建築完成後の手応えはどのようなものか。 「今回は敷地のなかで建築をどう配置するかという構想からすべてを担当し、数年かけて最終的な図面に落とし込みました。自由の怖さを感じるとともに、コンセプトの効果を最大限に発揮できる、これ以上ないキャンバスをいただいたようにも感じます。建築から考えることで、インテリアの可能性は非常に広がります。双方を組み合わせ、より良い効果を生み出すことができました」 この建物は骨格ありきだ、と片山氏は語る。空間全体にある種の緊張感を与え、凛とした存在にしたいと考えた。鉄骨の構造柱は本来、端部に丸いカーブを描く。今回はその表情をシャープに整え、構造の存在感を際立たせたことにより、黒い柱が空間に明快な輪郭を与えている。既製品のように見える部材の多くが、実は特注で作られている。
エントランスを入ると上下階をつなぐ吹き抜けがあり、イサム・ノグチの照明とジョージ・ナカシマのベンチがオーナーを迎える。ともに日本にルーツを持ち、アメリカで活躍した二人の作品だ。ここでまず洋の東西が入り混じるコンセプトを示したと、片山氏はいう。内外の床は同一の素材が連続する。寺院で見られる敷き瓦のようだが、雪が降る北軽井沢に適した玄武岩を選んだ。一つひとつに、角を落としてゆるやかなふくらみをもたせた、『むくり』と呼ばれる加工を施した。
エントランス横に広がるキッチンとダイニングは、窓を開けば外部と高低差なく連続する空間として使える。屋外とひと続きのダイニングとして、食事を楽しむこともできる。日本の伝統的な家屋に見られる土間を参照しつつ、あくまでモダンな空間に。椅子はミッドセンチュリー期に活躍したフランスのデザイナー、ジャン・トゥレットによるハイスツール。玄関ドア同様、スプーンカットと呼ばれる加工を施した工芸的なニュアンスを持つ椅子だ。素材と加工によって硬軟あわせもつ表現を意識しているという。 階段を上がると、2階のリビング、寝室、浴室などすべての空間を、大きな掃き出し窓が囲んでいることに気づく。その先にテラスが広がり、やはりそれも室内をぐるりと取り囲む。すべての部屋が外に向かって広がっており、その開放感を高めるため、ガラスにこだわった。 「内部空間から森へ連続するような関係性を重視し、テラスは透明度が非常に高いミュージアムガラスを採用しました。継ぎ目のない一枚板の採用に多くの検討を重ねました。周辺環境と融合し、内部から外部、外部から内部へ染み込んでいくような自然を味わえる空間になりました」
一方、リビングは「圧倒的に居心地のいい空間」を目指したという。ミッドセンチュリー期の名作住宅によく見られるカーペットを敷き込み、足あたりも心地良い。エーロ・サーリネン、ジャン・プルーヴェ、ジョージ・ネルソン、アルヴァ・アアルトらの名作家具とともに採用した「山形緞通」のカーペットは、住宅や別荘建築で数々の名作を遺した建築家の吉村順三も愛した逸品だ。また、壁面にはアメリカ在住のアーティスト、ミカ・タジマの作品を採用。現在のアートシーンで活躍するタジマの作品を通じて、ここでも洋の東西が融合する新たな感覚を持ち込んだ。 さまざまなモダニズムの巨匠の名作を意識的に取り入れたのは、彼らの「独自の美意識、当時の新たな技術とともに、合理的で住みよい豊かな住空間を作ろうという思い」に強く共感しているからだという。片山氏のなかに堆積したさまざまな要素が「NOT A HOTEL KITAKARUIZAWA MASU」として形に現れた。
「日常と非日常が交差する中で、思い思いの時間を楽しんでいただければ嬉しいです。リビングにはラウンジチェアやソファなど、さまざまな居場所を用意しています。滞在するたびに心地良い場所を見つけて、本を読んだり、映画を観たり、語り合ったりと自由に過ごせるようにしました。 リビングに限らず、寝室、浴室に至るまで、すべての部屋が森に開かれています。今回はメンテナンス次第で100年以上使用することができると言われる山形緞通のカーペットの中から、吉村が愛したブルーを選び、リビング全体に敷き込みました。壁も漆喰で仕上げるなど、触り心地、踏み心地、それから音の響きなどの五感に響く表現を意識しています。視覚情報を超えるものを与えるため、マテリアルの関係性、機能、特性などを十二分に引き出すことが重要です。その検証に時間をかけ、ここに至りました」
さらにユニークな試みとして、「NOT A HOTEL KITAKARUIZAWA MASU」には各棟に和室、書斎、シアターなどの特別な「マス」が付帯する。現在、「NOT A HOTEL KITAKARUIZAWA MASU」は追加で2棟を建設しているところだ。さらに湯河原でも計画が進む。 「追加建設のお話をいただき、とても嬉しかったです。通常の仕事以上に、自分の初期衝動に正直に、自らが望む空間を実現できたという思いが強かったのですが、結果として普遍的な空間になったように感じています。MASUは、やはり僕のこれまでの人生を凝縮したようなプロジェクトです。建築、インテリア、マテリアル、機能、そしてアート、レコード、本のような嗜好品に至るまで、あらゆるものを包括的に考える機会をいただきました。同時に僕自身を見つめ直す機会でもありました。かつては距離を置いた日本的な概念に向き合い、そこからあらためて見出した可能性を表現しようとした。今、心からやりたいことに挑むことができた空間です」
TEXT
PHOTO
Yoshinao Yamada
Kenta Hasegawa, Ryo Tsuchida