Vol.12
佐々木 慧(axonometric)
この11月に開業した「NOT A HOTEL FUKUOKA」は、ランダムに積み重ねた箱から緑があふれるような不思議な形状。ワークスペースに特化した部屋や、シェフを呼んで食事を楽しめる部屋、テラスにジェットバスを配したリトリートのための部屋など、異なるコンセプトをもつ8部屋が積み重なっている。一見奇抜に見える建物は、いかに街に溶け込めるかを追求した結果として、必然的に導き出された形だった。
ルーフトップテラスでは降り注ぐ光に木々が枝を伸ばし、この場所にしっかりと根を下ろし始めていることを感じさせる。2023年11月に完成したばかりの「NOT A HOTEL FUKUOKA」の一室「+PENTHOUSE」で、設計を手がけ、自身も福岡を拠点に活躍する建築家、佐々木慧氏に話を聞いた。
佐々木氏は沖縄・石垣島で「NOT A HOTEL ISHIGAKI」をデザインする藤本壮介氏に師事し、プロジェクトリーダーとして国内外のさまざまな物件を手がけてきた経験をもつ。世界的に活躍する藤本氏の下では、どのような影響を受けたのだろうか。 「常々忘れないように大切にしているのは、建築やデザインをとことん楽しむこと。それによって生まれるクオリティの高さというものがあることを、藤本さんと仕事をしてきて体感しました。作り手が腹の底からいいと思えるものをつくると、結果的に街や文化をより良くするものになるんですよね。難しいプロジェクトであればあるほど、楽しむことを忘れがちで、意識的にやらないとできなくて。必ず一旦立ち止まって、これは本当に面白いのか? ということを徹底的に考えるようにしています」
藤本壮介氏がデザインするNOT A HOTEL ISHIGAKI
「NOT A HOTEL FUKUOKA」も、大いに楽しみながら取り組み、納得のいく良いものになったと振り返る。当初から、“人生の余白(=blank)を楽しむ”というコンセプトを設定した放送作家の小山薫堂氏や、福岡のGood Life & Travel Company(GLTC)と一緒に、この敷地にホテルをつくることを考えていたという佐々木氏。 「単にその場所で完結するホテルではなく、ホテルを超える何かをつくるにはどうしたらいいかを考えていたときに、『NOT A HOTEL』代表の濱渦さんと出会ったことが今回のプロジェクトの始まりです。旅するように、暮らすように楽しむためのもの、言葉にならない何かを探していたときに、『ホテルではない』という名前からしてピンときて、目指す方向が同じだなと意気投合しました」
佐々木氏が設計を手がけたNOT A HOTEL FUKUOKA
「NOT A HOTEL FUKUOKA」があるのは、西鉄薬院駅からほど近く、目の前に広い公園や並木通りがあって、神社にも隣接するとても静かな住宅街。大自然の中にあるリゾート型のこれまでの施設とは異なる、NOT A HOTEL初の都市型拠点だ。 「閑静な住宅街だけれど、歩いて天神まで行けてしまう便利さもある。自然との距離、人の密度、 繁華街との近さ、どれをとっても福岡の良さを凝縮したようなエリアで、誰もがこの辺に住みたいんじゃないかなという場所です」 「特徴的な形をしていながら、ここにあっていいもの、昔からここにあったんじゃないかと思えて、かつ新しいものを目指しました」と佐々木氏がいう外観のデザインは、作り手の恣意的なデザインではなく、いかに街並みに溶け込んでいくか、街の中でどうあるべきかを突き詰めていった結果として生まれたもの。
5階建ての建物のファサードは3.5メートルごとに区切られ、段々畑のように配されたテラスとともに異なる方向を向いている。アイコニックな形状は、2階建ての庭付き戸建住宅が多い周辺環境をもとに考えられた。 「低層住宅街に大きなボリュームが突然立ち上がると違和感がある。そこで周囲の家と同じスケール感を取り入れ、テラスの植栽を庭に見立てて、庭付き一戸建てが重なったような、環境に溶け込む建物を目指しました。バラバラとした形は前面にある公園に影が落ちないようにするためで、そこはミリ単位で計算をしています。周りの環境に対して建物がいかに利他的でありながら、 内部の居心地の良さも担保できるかを徹底して考えた結果、この形になったという感じです」
住宅街に新たな建築を計画するに当たっては、地域の住民たちとも慎重にコミュニケーションも重ねてきた。そこでは「(建つのが)大きいビルではなくてよかった」「植栽が公園と一体になって、こういう建物ならここにあっていいよね」と、これまでにないユニークな形状の建物ながら、好意的に受け入れてもらうことができたという。
小さく分割された外観に対して、館内は大きく取った吹き抜けやたっぷりと光が入る大開口など、開放感があふれる。テラスの緑が目に心地よい各部屋は、上層部へ徐々にセットバックさせることで日当たりも抜群だ。 「すぐ目の前に公園があって開けていて、福岡の中心街でなかなかない好条件が揃っている敷地。通りを挟んで広がる公園側に大きな窓を設けて、重層的な小さな街のような建築が、薬院の街と繋がり、境界がなくなっていくようなイメージで、外の環境を取り入れようとしています」 客室からは近くを流れる小川や小学校が見え、公園の賑わいがほどよく聞こえてくるなど、周囲からの視線に配慮しながらも、オープンで心地よい空間。テラスの植栽は公園の自然とシームレスに繋がり、ジャグジーがついていたり、キッチンやダイニングとひとつづきになっていて友人を招いて食事ができたり、各部屋ごとの特徴に合わせてテラスも設計されている。
監修を手がけた小山薫堂氏をはじめ、インテリアはA.N.D. の小坂竜氏、設計は佐々木氏と共にNKS2 architectsが協業するなど、豪華クリエイター陣がコラボレーションしているのも「NOT A HOTEL FUKUOKA」ならでは。 インテリアについては周辺環境のリサーチをもとに部屋の大きさや形を決めてから、A.N.D. の小坂竜氏に相談。 「ここからはこのビルが見えるから、この窓はこういう風に、ここで食事をするといい、ここで一人で寝そべっていたらいいとか、A.N.D. チームがすごく具体的にこの建築の中での過ごし方をイメージしてくれて、そこからコンセプトに沿うよう家具や小物、仕上げについて話し合い整えていきました」 また、一緒に設計をしているNKS2 architectsは九州を代表する建築事務所だ。 「共同パートナーの佐藤寛之さんは僕と同年代。プライベートでも飲みながら建築の議論をする仲で、これは本当に面白いのか、これでいいのか、本当に街のためになるのか、といったことずっと話し合ってきました。それが建築のクオリティにも繋がっていると思います」
佐々木氏は長崎県出身。九州大学時代は福岡で過ごし、東京で大学院と藤本壮介建築設計事務所を経て、独立を機に再び福岡へ戻ってきた。そんな彼から見た福岡の街、そして薬院の魅力とは? 「僕の事務所はJR博多駅の近くにあります。東京、大阪はもちろん、最近アジア圏での仕事も増えてきましたが、韓国や中国なども日帰りで行けてしまうような距離感です。福岡空港が街からものすごく近いので、実際の距離よりも心理的に近く感じるんですよね。それに車で1〜2時間あれば、九州の大自然に囲まれた場所へ行ける。こんなロケーションは、ほかの土地にはなかなかないんじゃないかと思います」 空港が市街地から近い福岡では、空を見上げると飛行機がすぐ近くを横切っていく。空港周辺は都心部を含めて物件の高さが制限されているため、高層の建物が少なく、街が明るくて緑がよく育つ環境が整っているのだという。
「さらに福岡の中でも薬院は個人的に一番好きな街です。まずは天神まで徒歩圏内ということ。緑の多い静かな住宅街で、建物も低くて明るい雰囲気。そこにこじんまりとした飲食店や雑貨屋など、すごく面白い個人商店がたくさんある。検索しても出てこない店とか、看板のない店なんかが新旧入り混じっていて、そういう文化の積み重ねのなかに若い人や感度が高い人が集まり、多様なカルチャーに触れながらすごく心地よく過ごせるんですよね」 まるで前からそこにあったかのように街に自然に馴染んだ建築は、人々が交流し人生を豊かにする拠点として、テラスの緑とともに、福岡の街の一部となって育っていくだろう。
佐々木 慧
Kei Sasaki
東京芸術大学大学院を修了後、建築家の藤本壮介に師事。藤本壮介建築設計事務所にて、プロジェクトリーダーとしてホテル、大型複合施設、商業インテリア、集合住宅、別荘など、国内外で多数のプロジェクトに携わる。独立後、福岡を拠点として2021年にaxonometric Co.,Ltd. を設立、主宰。複合施設、ホテル、プレファブ建築開発、家具デザイン、レストランなど多岐にわたるプロジェクトを手がける。イスタンブール市主催タクシム広場国際コンペ最終審査選出、architecturephoto賞(ap賞)、日事連建築賞国土交通大臣賞など受賞多数
DILLY DALLY
福岡県福津市の宮地浜海水浴場にこの夏オープンしたシーサイドダイナー。観光名所である宮地嶽神社から車で5分というロケーションで、レストランやショップに加えてパラソルのレンタルやシャワーもあり、ビーチでのんびりとくつろぐための施設。広場を囲むような建築が強い海風を遮り、空と海を美しく切り取る。 写真:YASHIRO PHOTO OFFICE
BLACK LANDSCAPE
黒で統一されたパナソニックの配線器具や照明器具「ブラックデザインシリーズ」のためのインスタレーション。東京・表参道の会場に照明をはじめスイッチやコンセント、住宅用火災報知器などのプロダクトを集積させることで緩やかな面を構成し、機能性から解放された抽象的で美しい風景が生まれた。 写真:SATOSHI TAKAE
Text: Sanae Sato
Photo: Yuka Ito(NewColor inc.)